姉からの100円、俺は死を選んだ

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姉からの100円、俺は死を選んだ

GoodNovel 完結

資産家の姉、鳴海涼音(なるみ すずね)にブロックされてから3年。 彼女はネットの医療募金で俺に100円を寄付し、さらに皮肉に満ちたメッセージを残した。 【肺がんになったの?本当に死んだら教えて、お祝いしてあげるから】 3年前、姉が支援していた苦学生の瀬戸拓海(せと たくみ)が、俺に大学の推薦枠を奪われたと訴え出た。 姉は激怒し、有無を言わさず俺、鳴海湊(なるみ みなと)の退学手続きをとった。 「たとえ学校に行かなくても、私が一生養ってあげる。でも、他人のものを奪ったことには、罰を受けてもらうわ!」 俺たちは激しく口論になり、最終的に彼女は冷酷な表情で俺を家から追い出した。 「自分の過ちを認めたら戻ってきなさい。その腐った性根、絶対に叩き直してやるから!」 その後、彼女はその苦学生をまるで本物の御曹司のように甘やかして育てた。 一方で、俺が見つけた仕事はことごとく彼女に潰され、換金できそうな不用品を拾って食いつなぐしかなかった。 彼女のメッセージを見つめながら、俺はしばらく呆然としていた。 やがて、霊園の管理業者に電話をかけた。 「一番安い区画を押さえておいてください。明日、手付金を振り込みます」 姉が寄付してくれたあの100円で、ちょうど手付金が払える額になった。 俺は、彼女の望み通りにしてやった。

チャプター (1)

第1章

資産家の姉、鳴海涼音(なるみ すずね)にブロックされてから3年。 彼女はネットの医療募金で俺に100円を寄付し、さらに皮肉に満ちたメッセージを残した。 【肺がんになったの?本当に死んだら教えて、お祝いしてあげるから】 3年前、姉が支援していた苦学生の瀬戸拓海(せと たくみ)が、俺に大学の推薦枠を奪われたと訴え出た。 姉は激怒し、有無を言わさず俺、鳴海湊(なるみ みなと)の退学手続きをとった。 「たとえ学校に行かなくても、私が一生養ってあげる。でも、他人のものを奪ったことには、罰を受けてもらうわ!」 俺たちは激しく口論になり、最終的に彼女は冷酷な表情で俺を家から追い出した。 「自分の過ちを認めたら戻ってきなさい。その腐った性根、絶対に叩き直してやるから!」 その後、彼女はその苦学生をまるで本物の御曹司のように甘やかして育てた。 一方で、俺が見つけた仕事はことごとく彼女に潰され、換金できそうな不用品を拾って食いつなぐしかなかった。 彼女のメッセージを見つめながら、俺はしばらく呆然としていた。 やがて、霊園の管理業者に電話をかけた。 「一番安い区画を押さえておいてください。明日、手付金を振り込みます」 姉が寄付してくれたあの100円で、ちょうど手付金が払える額になった。 俺は、彼女の望み通りにしてやった。 第1話 「早めに決めた方がいいですよ。最近は墓地もすぐに売れてしまいますからね」 業者は電話越しにため息をついた。要するに、金が支払われない限りは何も確約できない、ということだろう。 彼の言い分も理解できる。 過去1年間、俺は霊園に何度も足を運んだが、高すぎて一つも契約できなかった。 俺の金は薬代や治療費に使い果たされ、もうほとんど残っていない。 だから、運良く安い区画が空いていないか、定期的に様子を見に行くしかなかった。 毎回、業者からどの区画にするのかと尋ねられるたび、俺は気まずさを誤魔化しながらこう答えていた。 「すみません、次は家族と一緒に見に来ます」 しかし今回ばかりは、迷いなくはっきりと口にした。 「安心してください、今回は本当に買いますから」 電話を切った後、スマホの画面はネットの募金サイトに戻った。 早期回復を祈る温かいメッセージが並ぶ中、姉の残したコメントだけが嫌でも目を引いた。 【肺がんになったの?本当に死んだら教えて、お祝いしてあげるから】 何度読み返しても、実の姉の言葉だとは未だに信じられなかった。 とはいえ、彼女が寄付してくれた100円のおかげで、墓地の手付け金を支払うのにちょうど足りる額になった。 俺は苦々しく唇を噛み締め、寄付金の引き出し申請ボタンを押そうとした。 突然、最新の寄付とメッセージが更新された。 姉が支援している苦学生の拓海だ。 彼は俺に1円を寄付し、こうコメントしていた。 【湊さん、家に帰っておいでよ。ちゃんと謝れば涼音さんも許してくれるから。こんな嘘をつくのはもうやめなよ】 俺はスマホを強く握りしめた。 しかし、あれこれと考えた末、結局何も言い返さずにボタンを押した。 拾った野良猫のチビが、俺の感情の乱れに気づいたのか、足元にすり寄ってきた。 しゃがみ込んでその頭を撫で、残り少ないキャットフードを器いっぱいに注いでやった。 チビは足を引きずりながら駆け寄り、勢いよく食べ始めた。 チビは片脚が折れた障害猫だ。 キャットフードを食べながらも、時折振り返っては俺の様子を窺っている。 その媚びるような眼差しと視線がぶつかった瞬間、俺は目頭を熱くし、姉に家を追い出されたあの夜へと引き戻されたような感覚に陥った。 嫌悪感を露わにした彼女の声は、骨の髄まで凍りつかせるほど冷酷だった。 「自分の過ちを認めないなら出て行きなさい。もうあなたなんていらない!」 第2話 3年前、拓海は俺に大学の推薦枠を譲った直後、裏で姉に告げ口し、俺が教師に賄賂を渡して推薦枠を奪い取ったのだと嘘をついた。 奴は自分の将来を懸けて、姉が必ず激怒するほうへと賭けた。 唯一の証人である鈴木先生は、すでに定年退職して海外旅行に出ており、連絡がつかなかった。 奴は絶妙なタイミングを見計らい、そして見事に賭けに勝った。 姉は烈火の如く怒り狂い、俺の弁明には一切耳を貸さず、強制的に退学手続きをとった。 絶望した俺は彼女と激しく言い争った。 その結果、思い切り平手打ちを食らった。 「湊、小さい頃からあなたが欲しいものは何でも与えてきたのに、他人のものを奪うなんて! 拓海は地方の貧しい村から出てきたのよ。この推薦枠が彼にとってどれほど重要か分かっているの!」 彼女は拓海に謝罪するよう命じたが、当然俺は応じず、自分は間違っていないと意地を張った。 そして最後には、家を叩き出された。 あの日、俺はずっと外に座って姉を待っていた。 彼女の怒りは一時的なもので、すぐに俺を家に呼び戻してくれると思っていたからだ。 だが、翌朝になっても、彼女が探しに来ることはなかった。 絶望してその場を立ち去ろうとした時、ちょうど一人の男が猫をいじめるのを目にした。 「ニャーッ!」 猫が悲痛な鳴き声を上げた。 男は露骨に嫌悪感を浮かべていた。その猫を見る目は、姉が俺を見る時の目と全く同じだった。 「こんなバカな猫、見たことねえよ。木に登って脚を折るなんてな。出て行け、もうお前なんていらねえ!」 俺は息を呑んだ。男の声が姉の声と重なり合うのを感じた。 我に返り、慌てて瀕死の子猫を抱き上げた。 だが、その脚は誰かによって意図的にへし折られたのだと気づいた。 男に本当のことを伝えようとしたが、彼はすでにドアを乱暴に閉めて家に入っていた。 その瞬間、俺は理解した。 この猫も俺と同じだ。過ちを犯したかどうかなど、全く重要ではない。 捨てたいから捨てる。そこに大した理由などないのだ。 こうして俺はその子猫を拾い、チビと名付けた。 この3年間、姉は俺の邪魔をし続けた。 俺が仕事を見つけるたび、ことごとく彼女に潰された。 最終的に、俺は換金できそうな不用品を拾って食いつなぐしかなかった。 チビも俺と一緒に、どんどん生活水準を切り詰めていった。 住む部屋はどんどん狭くなり、食べるキャットフードもどんどん安物になった。 俺はネットで、チビの新しい飼い主を募集した。 俺は募金サイトで集まったお金を、墓地の手付け金に充てると決めていた。 俺の病気はどうせ治らないのだから、いっそ姉の望み通りに死んでやろう。 でも、チビには良い飼い主を見つけてやりたかった。 俺の代わりに、しっかりと生きてほしかったから。 しかし思いがけないことに、2時間後、募金サイトのカスタマーサポートから電話がかかってきた。 「鳴海湊さんですか?当サイトでの募金プロジェクトに不正の疑いがあるため、資金の引き出しは停止されました。 通報者はあなたのお姉さん、鳴海涼音さんです」 第3話 頭の中で花火が炸裂したかのように、思考が真っ白になった。 「誰だって?鳴海涼音?」 「はい。涼音さんからご家族であることの証明が提出され、あなたの診断書は偽造されたものだとの報告を受けました。現在、サイト側で事実確認を行っており、確認が取れるまで集まった寄付金は引き出しできません」 信じられない言葉に、俺は氷水に突き落とされたような絶望を覚えた。 「俺の診断書は病院で出された本物です!偽造なんて絶対にあり得ない!あいつは俺を憎んでるんだ。俺に死んでほしいと思ってるくらいで……!」 「鳴海さん、どうか落ち着いてください」 オペレーターは俺の言葉を遮った。 「現在、事実確認を進めております。本物の診断書であると確認が取れ次第、すぐにあなたの口座へ振り込まれますのでご安心ください」 怒りで全身が震えていたが、オペレーターにこれ以上弁解しても無意味なことは分かっていた。 そのため、通話を切った直後、俺はすぐさま姉に電話をかけた。 いつの間にか、ブロックは解除されていた。 電話が繋がった瞬間、俺は声を荒げた。 「涼音!どうして募金サイトに俺の診断書が偽造だなんて通報したんだ!お前は自分が何を……」 「偽造じゃないとでも言うの?」 姉はどこか他人事のように俺の言葉を遮った。その声には、うっすらと嘲笑さえ混じっていた。 「湊、あなたが意地っ張りで自分から家に帰れないのは分かってるわ。だからこんな自作自演で、私から先に頭を下げさせようとしてるんでしょ? こうしましょう。大人しく家に帰ってきて謝るなら、昔のことはなかったことにしてあげるわ」 その言葉を聞いた瞬間、俺の心はドスンと音を立てて、底なしの地獄へと突き落とされた。 彼女の目には、俺がそこまで卑劣な人間に映っているというのか? スマホを固く握りしめたまま、俺はあまりのショックに言葉を見失ってしまった。 その時、電話の向こうから拓海の声が聞こえてきた。 「涼音さん、湊さんからの電話?もう家に帰らせてあげなよ。実は3年前のこと、僕はもうすっかり気にしてないんだから」 姉の声がスッと低くなる。「拓海が優しい子なのは分かってるわ。でもね、湊には自分がどこで間違えたのか、しっかり思い知らせる必要があるの。湊は私の弟よ。こんな腐った性根、絶対に許すわけにはいかない!」 拓海に向けた言葉のようでありながら、それが俺に向けられた警告であることは火を見るより明らかだった。 俺は思わず冷笑を漏らし、静かに口を開いた。 「涼音。あの時のことに俺の非は一切ない。あいつが俺を陥れたんだ。 俺は偽造なんてしていない。診断書はすべて病院で出された正真正銘の本物だ。 俺は絶対に謝らない。たとえこのまま死んだとしても、自分がやっていない罪を認めることなんて絶対にない!」 「あなたって子は――」 彼女が怒り任せに何かを言いかけた瞬間、俺はそのまま通話を切った。 すぐに折り返しの着信があったが、完全に無視した。 激しく感情を波立たせたせいで、胸が激しく上下し、肺が引きつるようにズキズキと痛んだ。 しばらくすると、姉からメッセージが届いた。 【湊、あなたには心の底から失望したわ!】 第4話 この夜、俺は一睡もできなかった。 肺に無数の針を突き立てられたかのように、呼吸をするたびに耐え難い激痛が走る。 特効薬の痛み止めはとっくに尽きており、俺はチビを抱きしめたまま、ただひたすら一晩中痛みに耐え抜いた。 どうにか夜明けまで耐え抜くと、再び募金サイトから電話がかかってきた。 「鳴海さん、当サイトといたしましては、再度精密検査を受けていただき、最新の日付での診断書をご提出いただきたく存じます」 俺は力なく、掠れた声で尋ねた。「もし、再検査しなかったら?」 「このように疑義が生じている募金プロジェクトにつきまして、ご協力をいただけない場合は、集まった寄付金はすべて返金処理となります」 「じゃあ、返金でいい」 淡々とそう告げて、俺は電話を切った。 俺にはもう、再検査を受けるような金など一銭もない。あのお金が手に入らないなら、もういい。 チビが俺の腕の中でモゾモゾと身をすり寄せてきた。俺は無理やり口角を上げ、かすかに微笑んだ。 「お腹空いたか?不用品でも拾って売って、お前のキャットフードを買ってやるからな」 チビに俺の言葉が分かるはずもないが、ただゴロゴロと喉を鳴らして小首を傾げていた。 俺は簡単に顔を洗い、大きな麻袋を手に家を出た。 家賃を抑えるために郊外の外れに住んでいるせいで、このあたりでは換金できるようなものなど満足に集まりもしない。だから、俺は市中心部の大型ショッピングモールへと向かった。 ここなら裕福な人が多いし、不要になった品も手に入りやすい。それに、話が通じやすい。 「ゴミを捨てるのをお手伝いしましょうか」と愛想よく声をかけさえすれば、快く譲ってくれるのだ。 2時間ほど歩き回り、麻袋の半分ほどが不用品で埋まった。 別のモールへ向かおうとしたその時、背後から驚愕の声が響いた。 「湊!?どうしてこんな所にいるの!」 振り返ると、姉が信じられないといった顔で俺を見つめていた。 彼女の隣にいる拓海の手には、高級ブランドの袋が5、6個もぶら下がっている。どうやら買い物の帰りらしい。 俺は眉をひそめ、踵を返して立ち去ろうとした。 だが、姉は足早に近づいてくると、俺の手首をガシッと掴んだ。 「あなた、なんで不用品拾いなんてしてるのよ!?」 彼女の顔色は怒りでどす黒く染まり、俺の全身をジロジロと見下ろした。 そして最後には、洗いすぎて色落ちしたジーンズに視線を止め、その瞳に一瞬だけ複雑な色を浮かべた。 そこへ拓海が顔を寄せてきた。 「湊さん、被害者ぶるのもいい加減にしたら?なんで不用品拾いなんて始めてるんだよ。今日僕たちがここに買い物に来るのを知ってて、わざと待ち伏せしてたんでしょ?」 姉の顔色はさらに険しくなり、俺を無理やり引っ張って歩き出した。 「一緒に帰りなさい!」 俺は必死に抵抗した。「離せよ!」 彼女は俺を人目のつかない角へと引きずり込み、手を振り払うなり頭ごなしに怒鳴りつけた。 「今の自分の惨めな姿を見てみなさいよ!ちょっと謝りなさいと言っただけで、どうしてそこまで意地を張るの!」 「じゃあ、俺にどうしろって言うんだ?」 俺は無表情のまま、冷めた目を向けた。 「俺が仕事を見つけるたびに、お前が裏で全部潰してきたんだろうが。不用品を拾う以外に、何ができるんだよ?」 彼女は冷ややかな声で詰問した。「家に帰ってくればいいじゃない!謝りさえすれば許してあげるって言ってるのに、それがそんなに難しいことなの?」 俺は皮肉めいた視線を向けた。 「単に、俺の存在が恥ずかしいだけだろ?」 彼女が何か言い返そうとした瞬間、拓海が横から口を挟んだ。 「湊さん……あのさ、なんか体から変な臭いがするよ。自分じゃ気づかない?もう少し衛生面にも気を遣ったら?いくらなんでも鳴海家の人間なんだから、涼音さんの顔に泥を塗るような真似はやめなよ」 奴の方を見ると、その挑発的な視線と真っ向からぶつかった。肺がまた針で刺されたように痛み出す。 「今、鳴海家の人間はお前だ。俺じゃない」 その一言だけを言い残し、俺は背を向けて歩き出した。 背後から、姉の声が響いた。 「湊、あくまで自分の過ちを認めないつもりね?絶対に後悔させてやるから!」 俺は聞こえないふりをして、足早にその場を離れた。 その日、俺が集めた不用品は、何ひとつ売ることができなかった。 民間のリサイクル業者の店主は、申し訳なさそうにため息をついた。 「鳴海グループの社長さんからお達しがありましてね。このあたりの業者にはどこも連絡がいっていて、あなたが持ち込む不用品は一切買い取っちゃいけないってことになっているんですよ。 悪く思わないでくださいね。あんな権力のある大社長に目をつけられたら、うちみたいな小さな業者なんてひとたまりもありませんから……」 第5話 俺はそれ以上何も言わず、ただコクリと頷くと、不用品の詰まった麻袋を担いで家へ戻った。 この日、チビともお別れだった。 片脚が折れているのも気にせず、わざわざ車を2時間も走らせて引き取りに来てくれた女の子がいたのだ。 チビには新しい飼い主ができ、新しい家ができた。 本来なら、喜ばしいことのはずだった。 だが、チビを彼女の腕に渡した瞬間、自分でもどうしてなのか、訳もなく涙が溢れて止まらなくなった。 女の子はひどく慌てふためいた。 「あ、あの、チビちゃんと離れるのが寂しいんですか?安心してください、私が責任を持って大切に育てますから!」 違う、と言いたかった。俺はもうすぐ死ぬから、チビは他の人に預けた方が幸せに生きていけるんだ、と。 だが、どうしても声が出なかった。 女の子は心配そうに尋ねた。「顔色がすごく悪いですけど、病院に行かなくて大丈夫ですか?」 俺は静かに首を横に振った。 病院になんて行く必要はない。俺が行くべき場所は、地獄なのだから。 悔しさ、不条理への怒り、胸を切り裂かれるような悲痛……言葉にできない感情が怒涛のように押し寄せた。 チビの鳴き声を聞き続けていると、余計に胸が苦しくなった。 俺は耐えきれず背を向けた。 「……早く、連れて行ってあげてください」 女の子はもう一度、真剣な声で約束してくれた。 「安心してください。私、絶対にチビちゃんを幸せにしますから!」 そう言い残し、彼女はチビを抱えて去っていった。 俺はソファに崩れ落ちた。まるで、魂ごと抜き取られたような気分だった。 だが、それから数時間後。俺のスマホに、あの女の子から電話がかかってきた。 「ごめんなさい……チビちゃん、道路に飛び出して……車に轢かれて死んじゃったんです。運転手さんがお詫びとして4万円払ってくれたんですけど、やっぱり元の飼い主さんにはお伝えしなきゃと思って。このお金、そちらに振り込みますね……」 彼女の言葉が終わった瞬間、心臓が数秒間止まったような気がした。頭の中が真っ白になり、まるで世界から自分だけが切り離されたような浮遊感が襲った。 ハッと我に返った時には、すでに口からドバッと鮮血を吐き出していた。 電話はすでに切れていた。彼女からは4万円の送金通知とともに、1枚の写真が送られてきた。 そこに写っていたのは、惨めなチビの姿だった。 意図的な暴行だと一目でわかる。 俺は口元の血を拭うことすら忘れ、ガタガタと震える手で写真を拡大した。 写り込んでいるあの車…… 間違いない、拓海の車だ。 見間違えるはずがない。あれは、姉が奴のために買い与えた車だ。 女の子からは、謝罪のメッセージが次から次へとひっきりなしに送られてくる。 だが俺は一文字たりとも読まず、ただゆっくりと立ち上がった。 そして無表情のままキッチンへ向かい、包丁を1本手に取ると、姉の家へと一直線に向かった。 第6話 俺が家に押し入った時、姉と拓海はちょうどテーブルを囲んで食事をしているところだった。 俺は有無を言わさず、握りしめていた包丁を拓海めがけて振り下ろした。 奴は肝を潰し、慌てて身をかわした。 その直後、俺の手首が姉に力任せにガシッと掴まれた。彼女は顔をしかめて怒鳴った。 「湊、いきなり何の真似なの!?」 俺はスマホを取り出し、画面の写真を彼女の目の前に突きつけながら、ギリッと歯を食いしばって言った。 「お前の大事な拓海が、俺の猫を轢き殺したんだよ!こんな惨い力任せの潰し方、どう見たってわざとに決まってんだろ! 昔のことはもうどうでもいい。だがな、これだけは絶対に許さない!」 拓海は少しバツが悪そうに口を開いた。 「ぼ、僕、わざとじゃなかったんだ。ちゃんとお金も払って弁償したし……ごめん、湊さん……」 「ごめんで済むかよ!拓海、この3年間で俺がどれだけ地獄を見てきたか分かっているのか!なんで猫1匹すら見逃してくれないんだ、お前はそれでも人間か!」 俺は喉が引きちぎれるほどの怒号を叩きつけた。今すぐこの手で奴を斬り殺してやりたい衝動に駆られていた。 だが、姉は不快そうに眉を深くひそめた。 「たかが猫1匹で、そこまで狂うことないでしょう?拓海はお金も払ってちゃんと謝ったわ。それに比べてあなたはどうなの?3年前のこと、未だに謝罪の一言もないじゃないの!」 「だから、俺はあいつの推薦枠なんか奪ってないって言ってるだろ!人の言葉が通じないのか?」 俺は堪忍袋の緒が切れ、絶叫した。3年間抑え込み続けてきた感情が、決壊したダムのように溢れ出す。 「俺はお前の血の繋がった実の弟だろうが!なのに、どうして一度だって俺を信じてくれないんだ!俺が今すぐここで死ねば、それで満足か?」 狂乱する俺の姿を見て、姉の瞳には深い失望の色が浮かんでいた。 「あなたって子は……本当に救いようがないわ!」 その時、拓海が不意に歩み寄ってきた。 「湊さん、僕が悪かった。本当にわざとじゃなかったんだ。どうすれば許してくれる……」 ドゴォッ! 奴の白々しい言葉が終わらないうちに、俺は思い切りその顔面に拳を叩き込んでいた。 奴は信じられないといった様子で、その場に呆然と立ち尽くした。 そして、俺が手を出したのを見た瞬間、姉の目は氷のように冷え切った。 「この3年間、あなたは本当に何一つ成長していないようね」 そう言い捨てるなり、彼女は拓海の代わりに俺の頬を思い切り張り飛ばした。 強い衝撃で首が弾かれ、耳の奥で激しい耳鳴りがガンガンと響いた。 彼女は自分の手を見下ろし、忌々しそうに吐き捨てた。 「あなたが、私にこんなことをさせたのよ!」 この1撃は確かに俺の頬を打ったものだったが、それ以上に、俺の心そのものを粉々に打ち砕いた。 姉は、ただでさえ風前の灯火だった俺たち姉弟の絆を、自らの手で完全に断ち切った。 かつての俺には、まだ彼女に対する憎しみがあった。 だが今はもう、何も残っていない。 俺は喉の奥から込み上げてくる鮮血を必死に飲み込み、自嘲気味に呟いた。 「……これで、盛大にお祝いできるな」 そう言い残し、俺は乱暴に顔を拭って背を向けた。 「お祝いって何のこと!?ちょっと、ちゃんと言いなさいよ!」 2、3歩も歩かないうちに、彼女が再び俺の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。俺は手元のスマホを、彼女の足元へ思い切り叩きつけた。 「触るな!」 彼女はビクッとその場に立ち尽くし、どこか戸惑ったような様子で俺の背中を見つめ、それ以上追ってくることはなかった。 家を出た俺は、そのまま真っ直ぐ歩道橋へと向かい、1歩、また1歩と一番高い場所まで登っていった。 橋の下を行き交う車の波を見下ろしながら、俺の眼差しは次第に確かなものへと変わっていく。 すべてから、解放されるんだ。 …… この夜が、平穏に終わるはずなどなかった。 俺が立ち去って間もなく、家に残された俺のスマホが鳴り出した。 姉は床に落ちて画面のひび割れたスマホを見つめ、無意識に拾い上げて通話ボタンを押した。 電話の向こうから聞こえてきたのは、霊園の業者の申し訳なさそうな声だった。 「湊さん、また一日引き延ばしましたね。これまではあなたが肺がんを患っていると聞いていたから、私も強くは言わなかったんですがね。 でも今回ばかりは、もう墓地を確保しておくことはできませんよ。他の方が一括でお支払いになりましたので」

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