爆弾処理班の夫、救ったのは妻じゃなかった

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爆弾処理班の夫、救ったのは妻じゃなかった

GoodNovel 完結

私の夫の小野達也(おの たつや)は、とっても腕のいい爆弾処理の専門家。でも、人の顔を認識できない、重度の相貌失認を患っていた。 結婚式では、大勢の招待客の前で友人代表とキスをして、花嫁の私を置き去りにした。 出掛けるたび、案の定、別の女の人を私と間違えて家に連れて帰ってくる。 周りの友達は、みんな私をなだめた。 「達也さんの相貌失認は、嘘じゃないと私たちが証明できるよ。あなただけがそういう目に遭ってるわけじゃないし、少しは許してあげなよ」 その日から、私は達也が唯一見分けられる白いワンピースだけを着るようになった。真冬の凍える日でも、他の上着を羽織らなかった。 それにもかかわらず、とある表彰式のインタビューで、家族に述べる予定の感謝が、全てそばにいた女性スタッフに向けられていた。妻である私に気づかなかったのだ。 信じがたい気持ちを抱えながら、それでも家族として彼に寄り添った。 そんな私が彼を諦めたのは、何年も達也のアシスタントの和田佳奈(わだ かな)と私が、同時に爆弾を体に巻きつけられる、あの事件がきっかけだった。 爆発までの時間は、容赦なく減り続けていた。 達也が現場に駆けつけてきたが、血で赤く染まった私の白いワンピースを一瞥すると、まるで知らない人を見るような視線を向けたのだ。 「お前は誰だ?俺の妻は、こんな顔じゃない!」 その時、佳奈が声を上げた。達也は、はっとしたようにそちらを振り向いて、驚くほど速く、正確に佳奈の名前を叫んだのだ。 「佳奈!」

チャプター (1)

第1章

私の夫の小野達也(おの たつや)は、とっても腕のいい爆弾処理の専門家。でも、人の顔を認識できない、重度の相貌失認を患っていた。 結婚式では、大勢の招待客の前で友人代表とキスをして、花嫁の私を置き去りにした。 出掛けるたび、案の定、別の女の人を私と間違えて家に連れて帰ってくる。 周りの友達は、みんな私をなだめた。 「達也さんの相貌失認は、嘘じゃないと私たちが証明できるよ。あなただけがそういう目に遭ってるわけじゃないし、少しは許してあげなよ」 その日から、私は達也が唯一見分けられる白いワンピースだけを着るようになった。真冬の凍える日でも、他の上着を羽織らなかった。 それにもかかわらず、とある表彰式のインタビューで、家族に述べる予定の感謝が、全てそばにいた女性スタッフに向けられていた。妻である私に気づかなかったのだ。 信じがたい気持ちを抱えながら、それでも家族として彼に寄り添った。 そんな私が彼を諦めたのは、何年も達也のアシスタントの和田佳奈(わだ かな)と私が、同時に爆弾を体に巻きつけられる、あの事件がきっかけだった。 爆発までの時間は、容赦なく減り続けていた。 達也が現場に駆けつけてきたが、血で赤く染まった私の白いワンピースを一瞥すると、まるで知らない人を見るような視線を向けたのだ。 「お前は誰だ?俺の妻は、こんな顔じゃない!」 その時、佳奈が声を上げた。達也は、はっとしたようにそちらを振り向いて、驚くほど速く、正確に佳奈の名前を叫んだのだ。 「佳奈!」 第1話 私の夫の小野達也(おの たつや)は、とっても腕のいい爆弾処理の専門家。でも、人の顔を認識できない、重度の相貌失認を患っていた。 結婚式では、大勢の招待客の前で友人代表とキスをして、花嫁の私を置き去りにした。 出掛けるたび、案の定、別の女の人を私と間違えて家に連れて帰ってくる。 周りの友達は、みんな私をなだめた。 「達也さんの相貌失認は、嘘じゃないと私たちが証明できるよ。あなただけがそういう目に遭ってるわけじゃないし、少しは許してあげなよ」 その日から、私は達也が唯一見分けられる白いワンピースだけを着るようになった。真冬の凍える日でも、他の上着を羽織らなかった。 それにもかかわらず、とある表彰式のインタビューで、家族に述べる予定の感謝が、全てそばにいた女性スタッフに向けられていた。妻である私に気づかなかったのだ。 信じがたい気持ちを抱えながら、それでも家族として彼に寄り添った。 そんな私が彼を諦めたのは、何年も達也のアシスタントの和田佳奈(わだ かな)と私が、同時に爆弾を体に巻きつけられる、あの事件がきっかけだった。 爆発までの時間は、容赦なく減り続けていた。 達也が現場に駆けつけてきたが、血で赤く染まった私の白いワンピースを一瞥すると、まるで知らない人を見るような視線を向けたのだ。 「お前は誰だ?俺の妻は、こんな顔じゃない!」 その時、佳奈が声を上げた。達也は、はっとしたようにそちらを振り向いて、驚くほど速く、正確に佳奈の名前を叫んだのだ。 「佳奈!」 …… 00:32:56 00:32:55 カウントダウンの数字を見つめながら、私は全身を震わせた。もう、冷静にはいられなかった。 「私よ!本当にあなたの妻だってば!ワンピースが血で赤くなっちゃっただけなの!」 達也は、佳奈の爆弾を処理する手を止めなかった。そして、私の方を振り向くと、怒りに満ちた目で睨みつけた。 「俺の妻のふりをして、何が目的なんだ?お前、犯人グループと口を合わせたんだろ?」 その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。 私のヒーローは、すぐ目の前にいるのに、ものすごく遠い存在に感じられた。 無情に鳴り響くカウントダウンの電子音が、神経をギリギリまで締め付けてくる。 心は、ずたずたに引き裂かれそうになった。 すがりつくようにして、私は自分の香水の匂いを彼に嗅がせようとした。なおも、いつも彼が愛しげに撫でていた、私の長い髪を差し出した。 でも、達也はそんな私を容赦なく蹴り飛ばした。 「いい加減にしろ!俺は騙されないって、何回言えば分かるんだ!」 私の頭は、そばにあった柱に強く打ち付けられて、一瞬で視界が真っ赤な血に染まった。 達也は、そんな私に見向きもしなかった。彼はすぐ佳奈のもとへ駆け寄り、心配そうに傷の手当てを始めた。 「声がひどいじゃないか。あいつらに何かされたのか?」 佳奈は泣きながらこくりと頷き、達也の胸に顔をうずめた。 昔、エレベーターに閉じ込められたことがあった。その時も、私は必死に達也の名前を呼んで助けを求めた。 でも、風邪で声がかすれていたせいで、彼は私だと気づいてくれなかったんだ。 結局、私は駆けつけたスタッフに助け出されたが、ショックで口もきけない状態になっていた。 それ以来、私は閉所恐怖症になった。 なのに、佳奈はあんなにひどい声になっていたのに、達也は一瞬で、それが彼女だと分かった。 カウントダウンの数字が、確実に減り続けていた。 しかし、達也は助かった佳奈を優しく抱きしめながら、処理班のメンバーに安全確認の指示を出した。 処理班の一人が、まだ爆弾を巻かれたままの私を見て、達也に率直な疑問を口にした。 すると、達也の穏やかだった表情が、みるみる険しくなった。 「この程度の爆弾じゃ死にはしません。でも、ああいうなりすましのクズには、いい教訓になるでしょう」 達也の冷酷な言葉を聞いて、私は完全に希望を失った。 最後の力を振り絞って、あるサインを送った。それは、二人だけの約束のハンドサインだった。 達也がじっとこちらを見つめてきたのを見て、私は、やっと気づいてくれたんだとほっとした。 しかし次の瞬間、彼の目には、もっと強い嫌悪の色が浮かんでいた。 「佳奈を脅して、このサインを聞き出したのか!俺の気を引いて、一体どうするつもりだ?」 そして、達也はこちらを睨んだまま、私の指をへし折った。 「ああっ!」 私の悲鳴が響き渡る。その痛みの中で、私はすべてを理解した。あのサインは、私だけのものじゃなかったんだ。 もうすぐゼロになるカウントダウンを見つめながら、私は力なくまぶたを閉じた。 ドォォン―― 肌を焼くような激しい痛みが、体中に広がっていく。煙の中で、私は最後の決断をした。 達也なんて男、もういらない。 第2話 次に目が覚めた時、達也が心配そうに私を覗き込んでいた。 「絢香(あやか)。 ごめん。また俺の相貌失認のせいで……お前が絢香だって、本当に気づかなかったんだ。俺のせいで……」 達也は自分を責めるように頬を叩き、何度も謝っているけれど、その謝罪の言葉はもう私の心には響かなかった。 だって、達也は人の顔がわからないんじゃなくて、心の中に私がいないだけなんだから。 まだ治りかけの傷口が、チクチクと痛んだ。 私は、ずっと心に秘めていた言葉を口にした。 「達也、離婚しよう」 達也はきょとんとして、それからいつものように優しく私をなだめた。 「俺たち、5年も一緒に頑張ってきたじゃないか。俺がどれだけ人の顔を覚えられないか、お前も知ってるだろ?ふざけないでくれよ。いつかきっと、治るから」 そうね、5年も耐えてきたんだ。 一年中季節を問わず、いつも同じ白いワンピースを着て。だから、風邪を引くのが当たり前になっていた。 同い年の女の子たちが楽しそうに買い物をしている間、私はクローゼットに並んだ同じ白いワンピースを眺めて、一人で泣くしかなかった。 髪だって、達也が私を見分けられるように、腰まで伸ばしたのに。 今日、やっと気づいた。 佳奈は、そんな努力は何もしていない。特別なルールなんてなくても、達也は大勢の中から一目で彼女を見つけ出せるんだ。 私の負けはもう、決まってるじゃないか。 達也は甘い言葉で私を丸め込もうとしていたけど、その声はもう耳には入らなかった。 彼はまた、一人じゃ抱えきれないほどのブランド物の服やバッグを部下たちに運ばせて、それから電話に出てどこかへ行ってしまった。 一目見てわかった。全部、佳奈が普段着ていたブランドの、昨シーズンのものだった。 諦めたように笑うと、ハサミを手に取り、腰まであった長い髪をザクザクと切り落とした。 達也に愛されたくて伸ばした髪が、今では重荷でしかない。 ちょうどその時、佳奈が勢いよく部屋に飛び込んできた。 「あなたがマヌケだから怪我なんてするのよ!そのせいで私と達也さんまで上司から処分を受けたじゃない!今すぐ謝りなさい!」 鬼のような形相で迫ってくる佳奈に、私は無意識に身構え、考えるよりも先に彼女の頬をひっぱたいてしまった。 そのせいで、赤く腫れていた手のひらの傷口が開き、血がどっと溢れ出した。 物音を聞いて駆けつけてきた達也が、ちょうどその光景を目にした。 私は何が起きたのか理解できないまま、突然頬に激しい平手打ちを食らった。 「何者だ、お前は?病院で暴力を振るうなんて、いい度胸だな!」 一瞬、頭が真っ白になって、何も聞こえなくなったように感じた。 そばにいた医者が目を大きくして口を開いた。「小野さん、お忘れですか?この方は……」 達也は鋭い目つきで医者を睨みつけた。 「こいつが誰だろうと関係ない。佳奈を殴るなんて許さない!一発殴り返しただけマシだと思え!」 昔、家政婦のせいで指を少し切っただけで、達也は「痛いの痛いの飛んでいけ」って息を吹きかけて、子供でもない私に飴なんか渡して、優しく薬を塗ってくれたのに。 それどころか、10年以上も彼に仕えてきた家政婦を、その場でクビにした。 でも、今となって、達也がとっさに守ろうとしたのは、私じゃなかった。 病院の服を着て、髪も短く切ってしまった私を、やっぱり見分けられなくなった。 達也はすぐに佳奈を抱きしめ、私を睨んでから病室を出て行った。 私をかばおうとする医者にお礼を言い、コートを羽織って後を追いかけた。 達也は振り返って私を見た。黒いコートに、短い髪。 彼の瞳には、まったく知らない人間を見るような色が浮かんでいた。 でも今回私は、必死になったり、大声で弁解したりはしなかった。 ただ、一つ嘘をついた。 「新しく配属されたものです。この書類にサインをいただけないでしょうか?」私は離婚届を何枚かの書類の中に挟ませて、サインしてほしいところを指さした。 達也は佳奈を慰めるのに夢中だったのか、書類には目もくれず、適当にサインをした。 浮かれた足取りで去っていくその後ろ姿と、手元に残った二人の署名がある離婚届を見比べた。 私は、連絡先に5年くらい眠っていた番号に電話をかけた。 「昔、私のために会社のポジションを空けておくと言ってくれたよね?そのお話、まだ有効なの?」 第3話 私は、医者が止めるにもかかわらず、退院の手続きをして家に帰った。達也との家から出ていく準備をしなければならなかったからだ。 家政婦たちが口を揃って「奥様」と呼ぶのを聞いて、ソファにいた達也はようやく私だと気づいた。 彼は私を抱きしめようと腕を広げたけど、その笑顔はすぐにこわばった。 「どうして急に服を着替えたんだ?髪も切ったのか?」 「ちょっとスタイルを変えてみたの」 達也は少し複雑そうな表情をしたけど、すぐに頷いた。 「どんな格好をしていたって、俺はお前だと分かるからな」 私は何も言わなかった。今回の拉致事件、爆弾の処理ミスで達也が懲戒処分を受けた。事件については記者会見が開かれる予定で、周りの人はみんな、彼のこれからのために、されたことは一旦水に流して、爆弾のことは誤解だったとカメラの前で助言してあげるべきだと言った。 記者会見の会場は人で溢れかえっていた。でも、カメラのフラッシュはなぜか達也にではなく、私に一斉に向けられた。 そして最初の質問で、私はその場に凍りついてしまった。 「先日の爆弾拉致事件は、ご自分の自作自演だったのですか?」 私はどうすればいいのか分からず、ただそこに立ち尽くすことしかできなかった。口を開いても、声が出なかった。 ちょうどその時、佳奈が悲鳴をあげながら人混みをかき分けてきて、私の目の前にひざまずいた。 「絢香さん、私のことを見下しているのは分かっている。でも、だからって人を雇って私を拉致したり、ひどい目に遭わせたりするなんて……あなたのせいで、私も達也と一緒に処分されてしまったのよ!」 そう言って佳奈は服をめくり、体中の傷跡を見せつけた。さらには、多くの怪我を負っているという診断書まで取り出した。 会場は一気にざわつき始めた。 私は助けを求めて達也を見た。でも、彼の目は冷たく沈んでいた。 「絢香!まさかあの拉致が、本当にお前の自作自演だったとはな! どうりで犯人が使った爆弾の威力が弱かったわけだ。佳奈を陥れるためだったんだな!」 彼はそう叱ってすぐに、感情のままに私の頬を激しくひっぱたいた。 その瞬間、私の目の前が真っ暗になった。 達也は、嘘をついた佳奈を信じても、5年間一緒にいた妻の私を信じようともしなかった。 佳奈が激しく泣けば泣くほど、達也の私を見る目は氷のように冷たくなっていった。 「絢香、お前を甘やかしすぎたようだ。今日こそは、みんなの前で佳奈に謝れ」 私は信じられなくて、達也の顔を見上げた。 私を勝手に見捨てたのは彼なのに、そのせいで全身に傷を負ったのは私なのに、どうして私が謝罪しなければならないの? ふざけないで。 私は全身の力で佳奈の肩を掴んで、本当のことを白状させようとした。 でも、佳奈は突然甲高い悲鳴をあげた。 「やめて!絢香さん、みんなの前で本当のことを話すべきじゃなかったわ。お願い、脅さないで!」 佳奈は心底怖がっているふりをして、ぶるぶる震えながら後ずさった。 まさかこんな下手な芝居を、達也が本気にするなんて思わなかった。 「こいつにいちごを10個食べさせろ!」 彼は外のボディガードに有無を言わせぬ口調で命じた。「まだこんなひどいことができるのか、見てやろう」 私は驚きに目を大きく見開き、震えが止まらなかった。 「私が、いちごアレルギーだって知ってるはずなのに……」 達也の目に、哀れみはひとかけらもなかった。彼は私に背を向け、取り乱した様子の佳奈をなだめ始めた。 ボディーガードは容赦なく、私の口にいちごを押し込んできた。 いちごの赤い果汁が肌に触れただけで、顔はみるみる腫れ上がっていった。 7個目を押し込まれた時、喉がコンクリートで固められたように詰まって、息ができなくなった。 ボディーガードはそこでようやく手を止め、達也の顔色をうかがった。 彼は私の顔から血色がなくなったのをじっと見て、ため息をついた。 「もういい!家に連れ戻して閉じ込めておけ。アレルギーの薬を飲ませれば問題ない」 担架で運ばれていく時、佳奈の目に嫉妬と憎しみの色が浮かんだのが見えた。 第4話 家に帰ってからアレルギーの薬を飲み、なんとか気持ちを落ち着かせた。 ブーッブーッ、と、クラクションが2回鳴った。 私の迎えが来た。 しかし、私が急いでスーツケースを手に玄関へ向かった瞬間、強い力で部屋の中へ押し戻された。 何人かの男に殴られて意識が遠のく中、なんとか目を開けると、佳奈がガソリンタンクを手に迫ってくるのが見えた。 「絢香さん。みんなの前で自分の夫にあんなに醜い顔にされたのに、まだお洒落して出かける気力があるんだね。 はっきり言ってあげる。達也さんが相貌失認だろうと関係ないわ。彼は人ごみの中でも私だけはすぐに見つけられるの。でもあなたは違う。一生白いワンピースを着続けたって、達也さんの目には映らないわ! 思い出させてあげようか。あなたが道で倒れた時も、路地裏で襲われた時も、達也さんが助けに来なかったのはどうしてか。彼がちゃんと認識できた私の隣にいたからよ」 涙目になった私を見て、佳奈はますます楽しそうに続けた。 「あ、そうだ。こっそり教えてあげる。達也さん、何度もあなたのこと気づいてたわよ。ただ、私を守るために知らないふりをしてただけ!」 その言葉に、私はついに耐え切れなくなって佳奈の首に手をかけた。 でも佳奈は怒るどころか、笑ってガソリンを床一面にぶちまけ、ライターで火をつけた。 あっという間に黒い煙が立ち上り、一面の炎がに私に襲いかかった。 まだ治りきっていなかった傷口が焼かれ、チリチリと音を立てた。 物音に気づいて達也が駆けつけてきたのを見て、私は藁にもすがる思いで、必死に彼のズボンの裾を掴んだ。 「達也、助けて……」 ところが、信じられないことに、佳奈が突然しくしくと泣き始めたのだ。 「達也さん、この家政婦さんひどいのよ!私を殺そうと火をつけたの!」 次の瞬間、達也は助けを求める私の手を、無慈悲に踏みつけた。 「身の程知らずめ!」 そう吐き捨てると、彼は佳奈を抱きかかえて去ろうとした。 万策尽きた私は、指から結婚指輪を抜き取ると、達也の足元に投げつけた。 「よく見て!私は絢香よ!あなたの妻なの!」 達也は心底うんざりしたように私を蹴り飛ばし、腕の中の佳奈に視線を移した。 「俺の妻のふりをするな!よく見ろ、これが俺の妻だ!」 私は、ショックで言葉も出なかった。 達也は、佳奈を私だと思い込んでいるのだ。 立ちこめる煙の中、咳をする力さえなく、私はただ、達也が佳奈を抱いて去っていく後ろ姿を見つめるしかなかった…… その頃、達也は一刻も早く佳奈を病院に連れて行こうと、優しい声で慰め続けていた。 「絢香、大丈夫だ。もう怖くないからな」 …… 検査の結果、佳奈は幸いにもかすり傷程度で済んだようだ。 達也が安堵のため息をついたのも束の間、駆けつけた友人たちが不思議そうに尋ねた。 「達也、奥さんはどうしたんだ?一緒にいたはずだろ?」 その言葉に、達也の心臓がどくんと跳ねた。そして初めて、ベッドに横たわっているのが佳奈であることに気づいた。 妻の絢香だと、信じて疑わなかった女は人違いだったのだ。 達也は急いで家へと引き返した。そこで目にした光景に、崩れかけた……

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