彼氏と親友が屋根裏で嫌らしいかくれんぼを

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彼氏と親友が屋根裏で嫌らしいかくれんぼを

GoodNovel 完結

姪の美咲(みさき)と、かくれんぼをしていた。 目を覆ったまま、20まで数える。 数え終えてから屋根裏部屋へ向かうと、扉には鍵がかかっていた。 私・神谷莉央(かみや りお)はそのまま引き返そうとした。 そのとき、中から、かすかな物音が聞こえた。 足音を忍ばせて扉に近づき、そっと耳を当てる。 「見つけた!」 そう叫ぼうとした瞬間。 扉の向こうから聞こえてきたのは、親友の西園寺怜奈(さいおんじ れな)の荒い息遣いだった。 「恒一……誰か上がってこないかな?」 彼氏の川瀬恒一(かわせ こういち)が低く笑う。 「大丈夫だって。美咲には、ずっと欲しがってたバービー人形を買ってやるって約束してある。 鍵もかけたし、誰にも見つからないよ」 扉の外で、私は凍りついた。全身から血の気が引いていく。 朝。 恒一と怜奈は、私にサプライズを用意すると言っていた。 二人は連れ立って車で出かけていった。 私は指先が掌に食い込むほど、拳を強く握りしめた。 そういうことだったのだ。 本当の「サプライズ」は、ここにあったのか。

チャプター (1)

第1章

姪の美咲(みさき)と、かくれんぼをしていた。 目を覆ったまま、20まで数える。 数え終えてから屋根裏部屋へ向かうと、扉には鍵がかかっていた。 私・神谷莉央(かみや りお)はそのまま引き返そうとした。 そのとき、中から、かすかな物音が聞こえた。 足音を忍ばせて扉に近づき、そっと耳を当てる。 「見つけた!」 そう叫ぼうとした瞬間。 扉の向こうから聞こえてきたのは、親友の西園寺怜奈(さいおんじ れな)の荒い息遣いだった。 「恒一……誰か上がってこないかな?」 彼氏の川瀬恒一(かわせ こういち)が低く笑う。 「大丈夫だって。美咲には、ずっと欲しがってたバービー人形を買ってやるって約束してある。 鍵もかけたし、誰にも見つからないよ」 扉の外で、私は凍りついた。全身から血の気が引いていく。 朝。 恒一と怜奈は、私にサプライズを用意すると言っていた。 二人は連れ立って車で出かけていった。 私は指先が掌に食い込むほど、拳を強く握りしめた。 そういうことだったのだ。 本当の「サプライズ」は、ここにあったのか。 第1話 日が暮れかけた頃。 恒一と怜奈が、笑顔で帰ってきた。 二人は顔を見合わせると、息ぴったりで、きれいに包装された箱を差し出した。 中に入っていたのは、私がずっと探していた、大好きなピアニスト・ルイスの廃盤レコードだった。 怜奈が私の肩を抱く。 「どう?私、いい親友でしょ? これ、海外までツテをたどって、苦労してやっと見つけたんだから」 そう言ってから、怜奈は恒一に目を向け、私に顎をしゃくった。 「恒一なんて、ものすごい大金を払って、コレクターからやっと買い戻したんだよ。 この彼氏、なかなかやるでしょ?」 そう言いながら、肘で私を軽くこづく。 恒一も、満面の笑みを浮かべている。 いつものように、私が喜んで飛びついてくるのを待っているのだろう。 私は二人を淡々と見つめた。 そして、肩に回されていた怜奈の腕を、そっと振りほどく。 「ちょっと疲れたから、今日は帰りたい。 荷物をまとめて、もう帰ろう」 恒一と怜奈は、同時に固まった。二人は戸惑ったように顔を見合わせる。 たちまち、場の空気が重くなった。 美咲が私の服の裾を引っ張り、無邪気に顔を見上げる。 「おばちゃん、もう美咲と遊んでくれないの?」 その腕に抱かれているのは、最新モデルのバービー人形だった。 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。 「美咲、いい子にしててね。今度のお休みに、また遊びに来るから」 そう言って、私は振り返り、家の中へ入って親戚たちに別れを告げた。 帰りの車では、私は自分から後部座席に座った。 乗り込むなりシートに身を預け、目を閉じる。 車内には重苦しい沈黙が漂い、誰も口を開かなかった。 しばらく走ったところで、助手席に座っていた怜奈が振り返った。 探るような口調で尋ねてくる。 「莉央、今日どうしたの?具合でも悪い?」 私はゆっくりとまぶたを開いた。 「今日、いろいろ考えたの。ちょっと疲れただけ」 怜奈はそれを聞くと、ほっとしたように息を吐いた。 「もう、びっくりした。私と恒一が何かして、莉央を怒らせたのかと思ったわ」 私は口元だけをわずかに歪めた。 それ以上は何も言わず、ただ静かに彼女を見つめる。 怜奈は私の視線に耐えられなくなったのか、気まずそうに前を向いた。 そして今度は、恒一に声をかける。 「恒一、街に戻ったら、やっぱり莉央の誕生日を祝えるところ探そうよ。 だって、この6年間、毎年三人で一緒に誕生日を過ごしてきたんだもん」 その言葉を聞いた瞬間、三人で過ごしてきたこれまでの日々が、次々と脳裏に蘇った。 目頭が、じんと熱くなる。 それでも私は、冷えきった声で答えた。 「いいよ。家に帰って寝たい」 だって、今日が終われば、私はもう、彼氏も親友も失うのだから。 ずっと黙っていた恒一が、私の拒絶を聞いたら、車を路肩に寄せて停めると、声を荒げる。 「莉央、いい加減にしろよ。今日はお前の誕生日だろう? せっかく祝いに来たのに、ずっとその仏頂面、なんだよ。 俺たちが何をしたっていうんだよ!」 いかにも自分が正しいとでも言いたげな恒一を見て、私はうんざりして、眉間を揉んだ。 「そうね。あなたの言う通り、私、気分屋だから。 もう別れよう」 そう言って、私は車のドアを開け、そのまま降りた。トランクから荷物を取り出す。 すると恒一も車を降りてきた。 「俺がお前なしじゃ無理だと思ってんの? 別れるって言えばいつも俺が謝ると思ってるだろ?」 そう言いながら、ポケットから箱を取り出し、地面に叩きつけた。 箱の中から、ダイヤモンドの指輪が転がり出る。陽光を受け、冷たい光を放っていた。 「莉央。今日ここで帰るなら、俺たちは本当に終わりだ」 怜奈が慌てて駆け寄り、私の手を取った。 「莉央、ちょっと待ってよ! 恒一、今日は本当は莉央にプロポーズするつもりだったんだよ」 恒一は目を赤くして、顔をそむける。 まるで、自分こそこの世で一番傷ついた人間だとでも言いたげだった。 鼻の奥がつんと痛む。 喉の奥が焼けるように熱くなった。吐き出してしまえば楽になるのに、それを許したら負けだと、爪が掌に食い込むほど拳を握った。 そして最後に一度だけ、二人を見た。 これ以上、互いの尊厳を傷つけずに終わらせたいんだ。 私は怜奈の手をそっと振りほどいた。 スーツケースを引きずり、振り返ることなく、その場を立ち去った。 第2話 その夜、私は何度寝返りを打っても、眠りにつくことができなかった。 スマホを開き、何気なく同じ地域の掲示板を眺めていると、一つの投稿が目に入った。 【SOS。親友の彼氏を好きになってしまいました。どうすればいいのか分かりません】 投稿者のアイコンには、一枚のピアノアルバムのジャケットが使われていた。 胸が大きく跳ねた。 なぜか強く惹きつけられるように、その投稿を開く。 【私は親友のことが大好きです。私たちは小さい頃から一緒にピアノを習っていました。 いつか一緒に海外へ留学して、もっと音楽を学ぼうって約束していたんです。 途中で、私はピアノを辞めたくなったこともありました。 それでも彼女は毎日そばにいて、私を励ましてくれました。 だから私は歯を食いしばって続けて、最後にはずっと憧れていた音楽大学に合格できたんです。 その後、彼女に彼氏ができました。 最初は、私が今まで独占していた時間を彼に奪われたような気がして、嫉妬していました】 そのとき、スマホが震えた。 恒一からメッセージが届く。 【今から出てこい。二人で誕生日を祝おう】 私は無視して、再び投稿に目を戻した。 すると恒一から、立て続けに長文が届いた。 【一日中、拗ねてばっかりだな。 俺に分からないとでも?どうせ今の怜奈のほうが優秀だから嫉妬してるんだろ。 お前が帰ったあと、怜奈はずっと自分を責めて泣いてた。 自分の親友のことは放ったらかしで、俺に押しつけるのか?】 胸の奥を鋭く刺されたような痛みが走った。 目の奥が、たちまち涙で滲む。 あの頃。 私は音楽大学を優秀な成績で卒業し、海外で一年間研鑽を積むための、たった一つの留学枠を手に入れた。 けれど、恒一と遠距離になるのが嫌だった。 それに、怜奈の寂しそうな顔を見るのもつらかった。 あのときの私は、愛する人も親友も、すべてできていると思っていた。 だから、自分から留学の枠を怜奈に譲った。 私は目尻を拭い、スマホを手に取った。 【全部あなたの言う通りよ。 あなたたち二人は、最初からお似合いだったんだわ】 恒一をブロックした。 一方、怜奈の投稿はまだ続いていた。 【去年、親友が海外留学の機会を私に譲ってくれました。 でも、彼女は知らない。 本当は私は、彼女のことが羨ましかったんです。 あんなに自分を大切にしてくれる彼氏がそばにいることが。 異国で一人きりで暮らすのは、本当に大変でした。 帰国して、ある日、真夜中に家が水漏れしたことがあって、仕方なく、彼女の彼氏に助けを求めました。 そして、その夜……私たちは一線を越えてしまったんです…… それからは、もう止められなくなって……】 投稿の最後には、怜奈自身も困惑しているような文章が続いていた。 【彼女の彼氏は、今日プロポーズするつもりだったみたいです。 なのに、彼女は突然怒って別れたいと言い出しました。 私はこの隙につけ込むべきでしょうか。 それとも、二人を仲直りさせるべきでしょうか】 コメント欄も、かなり辛辣だった。 【今日初めて見た。真夜中に水漏れしたからって、親友の彼氏に電話する?】 【親友がいなかったら今の自分もないというのに、その親友に隠れて彼氏と寝るの?】 【この発言、あまりにもあざとすぎるだろ】 記憶の中に散らばっていた些細な違和感が、一気につながった。 少し前、恒一が灰青色のニットを着ていたことがあった。 その日、怜奈は同じ色味のヘアバンドをしていた。 そのとき私は、何気なく笑った。 「二人とも息ぴったりじゃん! なんだかお揃いのカップルコーデみたい!」 二人は否定しなかった。 ただ、顔を見合わせて意味ありげに笑った。 その少し前には、恒一から今大ヒットしているぬいぐるみシリーズの限定チャームをもらった。 それから間もなく、私は怜奈の家を訪ねた。 彼女の机の上には、そのシリーズの限定ギフトボックスが一式置かれていた。 今になって思い返し、私はすぐにスマホで検索した。 案の定、私がもらったチャームは、ギフトボックスについてくるおまけだった。 その瞬間、ようやく気づいた。 私の彼氏と親友はずっと前から、私に隠れて付き合っていたのだ。 ベッドに横たわったまま、天井を見つめた。 胸が塞がるようで、一晩中眠れなかった。 空が白み始めると、私は起き上がった。 家中をひっくり返すようにして、恒一と怜奈に関係するものをすべて探し出した。 そして日が沈むまで、ひたすら整理した。 ようやくすべてをまとめ終えると、一つ残らず袋に詰めた。そして、階下のゴミ置き場へ持っていき、全部捨てた。 すべて終えたところで、ようやく息を吐く。 そのとき、スマホが突然震えた。 同級生からメッセージが届いていた。 【莉央、あなたたち三人の間で一体何があったの? 恒一と怜奈、SNSで交際を公表したよ!】 第3話 指先が震えながら、怜奈のインスタを開いた。 恒一が彼女を抱き寄せ、壁を背に立っている。 二人は鼻先を寄せ合い、今にもキスしそうな距離だった。 恒一が地面に叩きつけた、あのダイヤモンドの指輪は今、怜奈の左手薬指で眩しいほどに輝いている。 そして二人の背後には私の顔写真が大きく印刷された、大学の優秀学生紹介ポスター。 投稿には、こんな言葉が添えられていた。 【長い待ち時間を越えて、ようやく届いたのは、遅れてきた特別な愛】 自分の写真が、二人の交際宣言の背景に使われている。 それを見た瞬間、胃の底が冷たくなり、吐き気がこみ上げた。 それでも、私はこらえきれずコメントを残した。 【最低なクズカップル。二人ともお似合いだよ】 コメント欄は一瞬で騒然となった。 【何これ?修羅場?】 【三人組、ついに仲違いした?まさか浮気された?】 私は疑問を投げかけるコメント一つ一つに、「いいね」を押していった。 すると誤って、恒一からの着信に出てしまった。 受話器の向こうで、息遣いが荒い声がまくしたてる。 「莉央、お前、いい加減にしろよ! 大学の先生から怜奈に連絡が来て、説明を求められてる。 お前のせいで、みんなが気まずい思いをしてるんだぞ」 電話の向こうから、怜奈のすすり泣く声も聞こえる。 やがて彼女が電話を代わった。 「莉央……ごめん。本当にわざとじゃなかったの。 急に連絡が取れなくなって、私たち、どうしたらいいのか分からなくて、焦って、こんな方法を取っちゃっただけなの。 すぐ投稿は消すから。お願い、みんなに説明してくれない?」 私は鼻で笑った。 「あっそ。じゃあ何? うっかり私の彼氏とやっただけ? うっかり私の写真を浮気宣言の背景に使っただけ?」 その瞬間、電話の向こうが完全に静まり返った。 さっきまで強気だった恒一も、長い沈黙のあと、軽く息を吐いた。 「そういうことか。それでここ数日、あんなに荒れてたんだな。 そこまで知ってるなら、俺ももう隠さない」 少し間を置いて、声のトーンが下がる。 「あれはただの一時の気の迷いだ。心の中では、お前がいつも一番だ。 嫌だっていうなら、すぐに終わらせる。また落ち着いたら、ちゃんと話そう」 そう言って、恒一は慌ただしく電話を切った。 私はその場に立ち尽くした。頭が痺れて、目の前が白くチカチカする。 たった数秒で、彼はあの裏切りを「ちょっとした出来心」に言い換えた。 私の胸を引き裂いたあの日のことを、たった一言の「気の迷い」で終わらせてしまった。 私が知っている恒一はこんな男ではなかった。 16歳の頃、路地裏で不良たちに囲まれていた私を助けるため、自分が刺されることも厭わず、身を挺して守ってくれた。 18歳の春、大学進学で遠距離になることが決まったときも、自分の夢をあっさり捨てて、私のいる街へ来てくれた。 あの頃、あんなにも真っ直ぐで、熱かった彼がどうして、こんなにも薄情な人間になってしまったんだ。 気持ちが変わったのなら、それでもよかった。 でも、浮気を大したことではないように言う彼の口だけは、どうしても許せなかった。 それから一か月、私はスマホの電源を切り、自宅でひたすら論文を書いた。 ある夜、突然、インターホンが鳴った。 玄関を開けると、恒一が食料を抱えて立っていた。 その後ろには、目を赤くした怜奈が、おずおずとついている。 私はドアを閉めようとした。 しかし恒一が手を差し込み、扉を押さえた。 「莉央、今日は俺が料理する。お前の好きなものを作るから。 三人で、ちゃんと話そう」 二人を見つめ、喉の奥が熱くなり、目の端がじんと痛んだ。それでも、私は少し横に寄り、二人を中へ通した。 それでいい。かつて三人で、この部屋で笑い合った日々がある。 なら、始まった場所で終わらせればいい。 第4話 恒一はキッチンで料理をしていた。 私は怜奈と黙ったままリビングに立っている。 突然、怜奈が手を伸ばし、私の腕を掴んだ。声は柔らかく、探るようだった。 「莉央……」 私は冷たい顔で、その手を振り払った。 怜奈は唇を噛み、目の奥に一瞬、悔しそうな光を浮かべた。 そしてキッチンをちらりと確認してから、ゆっくり私のほうへ近づいてくる。 私を見つめる怜奈の顔から、さっきまでの弱々しさが一瞬にして消えた。 その瞳の奥には、冷たい光が宿っていた。 「よくもまあ、まだこの家に平気で住んでいられるわね。 ソファも、ベランダも、キッチンも、全部私と恒一が使った場所よ。 彼が『ここが一番刺激的だ』って、わざわざ連れてきたの」 怜奈はそこで言葉を切った。その瞳の奥が、ゆっくりと変わっていく。 「ああ、ちなみに、恒一が言ってたわ。 莉央は抱きしめても反応がなくて、面白くないって」 言い終えると、怜奈は挑発するように口元を歪めた。 私はその場で凍りついた。胃の奥が煮えくり返り、唇が震えた。 ありったけの力を込めて叫んだ。 「出ていって!」 キッチンから物音を聞きつけた恒一が飛び出してきた。怜奈の前に立ちはだかる。 「もういい!文句があるなら俺に言え! 俺は……怜奈のほうが……お前みたいに堅くないと思っただけで……」 パァン! 私は恒一の頬を思い切り平手打ちした。赤い跡が、くっきりと浮かぶ。 恒一は目を真っ赤にしながら、私を睨みつけた。しばらくして、彼はふっと鼻で笑った。 「よくもやったな。お前が後悔するのを、ちゃんと見てるから」 そう言い残し、その場に崩れ落ちる怜奈を抱きかかえるようにして、二人は出ていった。 ほどなくして、このようなものがトレンド入りした。 【#若手女性ピアニスト論文不正疑惑】 恒一が実名で、私が怜奈の卒業論文を盗用したと告発したのだ。 トレンドを見つめながら、私は拳を握りしめた。 今は、国際若手アーティスト賞の選考を目前に控えた重要な時期だった。 あの夜、恒一は私と怜奈がリビングにいる隙に、最初から計画していたかのように、私の論文の原稿や資料をすべて持ち去った。私が自分で書いたことを証明できないと踏んだのだ。 こんなふうに事実を捻じ曲げられたら、私の音楽家としての将来は簡単に潰されてしまう。 しばらくして、スマホが鳴った。 「怜奈に謝れば、俺は全部誤解だったとみんなに説明する」 恒一は少し間を置き、声を和らげた。 「俺はただ、お前に一度折れてほしいだけなんだ。 今なら、まだ間に合う」 そう言って、満足そうに電話を切った。 私がきっと折れて、彼のもとへ謝りに来ると確信しているようだった。 翌日、大学から通知が届いた。 私、恒一、怜奈の三人に、公開の弁明の場が設けられた。 当日、恒一と怜奈は自信満々に壇上へ立ち、私が「盗用」した証拠を教授たちに提示した。 客席では学生たちがひそひそと囁いている。 「証拠、ここまで揃ってるじゃん」 「じゃあ、莉央が怜奈をいじめてたって噂も本当なのかな」 耳元で飛び交う声を聞きながら、私は唇を強く噛みしめた。 「神谷さん、弁明の番です。盗用の指摘について、何か言いたいことはありますか?」 私はゆっくりと顔を上げ、会場を見渡した。 教授たちの目は冷たく、学生たちの視線は好奇に満ちていた。 恒一が手にした「決定的な証拠」が、まるで私の有罪を宣告しているようだった。 私は一度俯き、そして、鼻で笑った。論文で引用されている一曲を指し示す。 「西園寺さん。私があなたの論文を盗用したとおっしゃるなら、当然、この曲についてはよくご存じですよね?」 その問いを聞いた瞬間、怜奈の身体がぴたりと固まった。 恒一が遮るように口を開く。 「先生、理論と実技は別です。理論分析が書けるからといって、必ずしも演奏できるとは限りません」 壇上の教授たちは、静かに頷いた。 私は二人を一瞥し、何も言わずにピアノへ向かった。 指は鍵盤の上で叩き、跳ね、這い回った。知る人も少ないその曲を、私は最後まで弾き切った。 演奏を終えると、私は大切に保管していた限定版のレコードを高く掲げた。 「これはルイス氏が晩年に個人的に録音したデモ音源です。一度も正式に発売されておらず、このレコードにしか収録されていません。 あなたたちが私に贈ったとき、包装すら開けていなかった。 曲を一度も聴いたことのない西園寺さんが、どうしてこの曲を核にした論文を書けるんですか?」

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