妻の流産より愛人の出産?絶対に離婚する!

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妻の流産より愛人の出産?絶対に離婚する!

GoodNovel 完結

私・神谷澄香(かみや すみか)が切迫流産で大量出血し、手術を受けていたその時、夫・神谷駿介(かみや しゅんすけ)は隣の分娩室で、愛人・一ノ瀬結愛(いちのせ ゆあ)が彼の息子を産むのを見守っていた。 やがて隣から、赤ん坊の産声と駿介の喜びの声が聞こえてきたが、私は泣きも喚きもせず、一人で手術を終えた。 ところがその夜、駿介のほうから病室へやって来て、私を責め立てた。「空いてる病室なんていくらでもあるのに、なんでわざわざ結愛の隣にしたんだ?嫌がらせのつもりか?」 かつて愛した人の顔を見つめ、私はそっと目を閉じ、何も言わない。 駿介はその後もしばらく私を責め続け、看護師が入ってきてようやく出ていった。 理不尽だと憤る看護師をよそに、私は笑った。 その直後、携帯に16億円の入金通知が届いた。

チャプター (1)

第1章

私・神谷澄香(かみや すみか)が切迫流産で大量出血し、手術を受けていたその時、夫・神谷駿介(かみや しゅんすけ)は隣の分娩室で、愛人・一ノ瀬結愛(いちのせ ゆあ)が彼の息子を産むのを見守っていた。 やがて隣から、赤ん坊の産声と駿介の喜びの声が聞こえてきたが、私は泣きも喚きもせず、一人で手術を終えた。 ところがその夜、駿介のほうから病室へやって来て、私を責め立てた。「空いてる病室なんていくらでもあるのに、なんでわざわざ結愛の隣にしたんだ?嫌がらせのつもりか?」 かつて愛した人の顔を見つめ、私はそっと目を閉じ、何も言わない。 駿介はその後もしばらく私を責め続け、看護師が入ってきてようやく出ていった。 理不尽だと憤る看護師をよそに、私は笑った。 その直後、携帯に16億円の入金通知が届いた。 第1話 銀行から届いたメッセージを開くと、画面にはその金額が表示されていた。 16億円。 振込人は義父・神谷宗一郎(かみや そういちろう)だった。 間を置かず、宗一郎からメッセージが届く。【つらい思いをさせたな。だが、神谷家の血を引く子だから、外に置いておくわけにもいかないんだ】 私は携帯を胸元に伏せ、天井の青白い照明をぼんやりと見つめた。 まだ麻酔が完全には抜けていなくて、下腹部にはぽっかりと穴が開いたような、何か大切なものをえぐり取られたような空虚さだけが残っている。 隣から、また赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。とても元気な声だった。 続いて聞こえてきたのは、男の笑い声。聞き間違えるはずもない……駿介の声。 交際して4年、結婚して2年。耳元で何度も聞いてきたあの笑い声が、今はたった一枚の壁の向こうから聞こえてくる。なのに、まるで別世界の出来事のように感じてしまう。 廊下では看護師たちが話していた。声を潜めているつもりなのだろうが、静かな病室には嫌でも届いてくる。「423号室の患者さん、かわいそう……大量出血で運ばれてきたのに、旦那さん、隣で愛人の出産に付き添ってるんだって」 もう一人の看護師も声を潜める。「神谷家の人らしいよ。ほら、あの神谷グループの……旦那さん、ずっと前から不倫してるみたいだけど、奥さんの方の家族が離婚を許してくれないんだって」 「なんで?」 「お金でしょ。あれだけの家に娘が嫁いだら、そう簡単には手放せないじゃない?」 訂正する気力もなかったし、そもそも、訂正する気にもなれない。 駿介の不倫に初めて気づいたのは、ワイシャツの襟についた口紅が原因だった。 私はそのシャツを手に、寝室の前で仕事の接待に出ている彼の帰りを待った。 午前2時、酒の臭いをまとって帰宅した駿介は、私が持っているシャツを見ると一瞬だけ動きを止め、それから笑った。 「それがどうした?付き合いの席でたまたまついただけだ」 私は言い返した。「襟の内側についてるのに?どんな付き合いなら、そんなところに口紅がつくの?」 駿介は面倒そうに手を振った。「お前が信じないなら、それでもいい」 その夜、私たちは寝室で激しく言い争った。苛立ち任せにベッドサイドのランプを床へ叩きつけた駿介。砕けた硝子が、床一面に飛び散った。 裸足の私はその真ん中に立ったまま、駿介を見ていた。しかし、彼の顔にあるのは苛立ちだけ。後ろめたさなど、微塵もなかった。 翌朝早く、義父である宗一郎から電話がかかってきた。 宗一郎はいつも通り落ち着いた声で、淡々と言った。「つらい思いをさせたな。駿介はまだ若いから、あんな馬鹿なことをした。俺からもきつく叱っておいた。でも、夫婦の問題は夫婦で片づけなさい。外にまで騒ぎを広げれば、神谷家の名にも傷がつくから」 電話が切れてから10分も経たずに、私の口座に2億円が振り込まれた。 入金通知を見つめたまま、私はしばらく動けなかった。 2億円。 私が100年働いたって、稼げるかどうか分からない額。 そこで初めて、私は迷った。 看護師たちの言う通りだ。結局、私も金に負けた。 その後、母に電話をかけ、駿介が不倫していることを告げた。 数秒の沈黙の後、母は言った。「男なんて、仕事の付き合いもあるんだから、ちょっと遊ぶくらい珍しくないでしょ。澄香もいちいち目くじら立てないの。駿介さん、普段はよくしてくれてるんでしょ?それにお義父さんだって、ちゃんと間に入ってくれたんだから」 「お母さん。駿介、不倫してるんだよ?」 「だから何?お金持ちの男なんて、そんなものよ。あなたもこれくらいのことで騒がないで、ちゃんとやっていきなさい。それより、あなたの弟が来月車を買うって言ってるから、駿介に頼んで、車1台分くらいお金借りられないかしら?神谷家ならそれくらい何でもないでしょ?」 電話を切った私は、そのままベランダに立ち、夜が明けるまで冷たい風に吹かれていた。 それからも、2度目、3度目、4度目と不倫は繰り返された。 そのたびに、決まって宗一郎から電話がかかってきた。最初の言葉は、いつも同じ。「つらい思いをさせたな」そして振り込まれる金額だけが、回を重ねるごとに増えていった。 2億円、4億円、6億円と――まるで決められた処理でもこなすように、駿介が不倫をすれば、私の口座に慰謝料代わりの金が振り込まれる。 口座残高は恐ろしい勢いで増えていったが、それとは反対に、私の心は少しずつ沈んでいった。 かつて一番仲のよかった友人にも相談した。 話を聞き終えた彼女は、しばらく黙ってコーヒーをかき混ぜてから、こう言った。 「もう十分じゃない?私なんて毎日朝から晩まで働いて、満員電車に揺られて、上司に怒られても愛想笑いしてさ。給料日が来たって家賃払ったら、カフェに寄るのもためらうくらいなのに。今のあなたは豪邸に住んで、高級車に乗って、値段も見ずに買い物できるんでしょ?それで何が不満なの?」 第2話 私は口を開いたが、結局何も言わなかった。何を言っても、贅沢な悩みにしか聞こえない気がしたのだ。 友人の言う通り、私はもう満員電車に乗る必要も、上司に怒られる必要も、月末に頭を抱えながら家計簿をつける必要もなくなった。 外出には運転手がつき、ブランド物のバッグだって値札を気にせず買える。どこへ行っても丁重にもてなされた。 でも、夫は不倫している。 たったそれだけの言葉さえ、口にすれば誰もが「贅沢な悩みだ」と思うのだろう。 だから私は、何も言わないことにし、誰の前でも完璧な笑顔を作り続けた。 パーティーでは駿介の腕に手を添え、神谷家の若奥様は幸せなのだと、誰もがそう思うように品よく微笑む。 でも、その笑顔の裏で何を飲み込んでいるのかは、私しか知らない。 1本、また1本と、針を飲み込んでいくような毎日だった。 玉の輿に乗るなら、茨の道も覚悟しなければならない、とよく言われるが、それでも昔の私は、自分だけは違うと思っていた。 駿介とは大学の同級生。4年の交際を経て、卒業してすぐ結婚した。 図書館で私が本を落とした時に、彼が拾ってくれた。差し込む陽光に照らされた彼の横顔が、まるでドラマのワンシーンのように眩しかったことを今でも覚えている。 結婚式の日。大勢の祝福を受けながら私が駿介のもとへ歩いていくと、彼の目には涙が滲んでいた。私も泣いていた。あの日の私は、これが幸せの始まりなのだと信じて疑わなかった。 母は満面の笑みを浮かべ、父は大きく出た腹を揺らしながら上機嫌で酒を酌み交わしていた。 大学の友人たちは口を揃えて羨ましがった。「すごい人を捕まえて、人生大逆転だね」 私自身も、本物の愛を掴んだと思っていた。 けれど結婚生活は、少しずつ私を切り刻んでいった。 最初の1年は、駿介もきちんと家に帰ってきたし、記念日には花を贈ってくれ、週末には私の好きな店へ連れていってくれた。 それがいつからだったのだろう。帰宅時間がどんどん遅くなり、身体には知らない香水の匂いをまとわせるようになった。そして、私を見る目からも、少しずつ温度が消えていった。 言い争い、泣き叫び、物を投げ、離婚を切り出したこともあった。 でも、そのたびに宗一郎が間に入り、お金を積み上げて、夫婦の亀裂をなかったことにしてしまう。 駿介はといえば、数日間私を無視したあと、何事もなかったようにこう言うだけ。「もういいだろ。いつまで引きずってるんだよ」それで終わり。なかったことにされるのだ。 やがて私は理解した。私はこの家の妻ではなく、神谷家が「円満な家庭」を世間に見せるための飾り物に過ぎないのだと。 そして飾り物の価値は、金額で決まる。 翌朝、窓から差し込む陽射しが、やけに白く眩しかった。 看護師の植田蘭(うえだ らん)が、術後は早めに身体を動かしたほうがいいからと、歩くのを手伝ってくれた。 歯を食いしばって身体を起こしたが、少し動くだけで、下腹部を鷲掴みにされ、捻り上げられているように痛んだ。 蘭に支えられ、私はゆっくり廊下へ出た。蘭は歩きながらも、私を気遣ってくれる。「ゆっくりで大丈夫ですよ。つらかったら、すぐ言ってくださいね」 私は黙って頷いた。 廊下はそれほど長くなく、423号室から階段までは、20歩ほどしかなかった。それなのに、足元に力が入らない。まるで綿の上を歩いているような頼りない足取りで、一歩ずつ進んだ。 422号室の前を通りかかった時、扉が少しだけ開いていて、中から話し声が聞こえてきた。 「駿介、赤ちゃんの名前、何がいいかな?」 あの女の声だ。出産直後の弱々しい体で、甘ったれた声を出している。 私はこの声を知っている。 一ノ瀬結愛。私の大学時代の後輩だ。 以前、同窓会で一度会ったことがある。あの時、結愛は駿介の腕にぴったりと身体を寄せ、にこやかに私を「先輩」と呼んだ。しかし、笑顔とは裏腹に、その目は明らかに私を挑発していた。 「『崇行なんてどうかな。崇高の『崇』に『行く』って書いて、崇行」駿介の声は、信じられないほど優しかった。 「うん、素敵な名前。気高く、真っ直ぐな人生を歩んでいけるようにってね。ねえ、駿介。次の子が生まれたら、その時はなんて名前にする?今から考えても遅くはないでしょ?」 次の子。 廊下に立ち尽くす私に、その言葉が鋭利な刃物となって突き刺さる。 蘭にも聞こえたのだろう。一瞬、私を支える彼女の手が強張った。「神谷さん、もう戻りましょうか。少し歩きすぎましたから」 私はその場から動けなかった。 ドアの隙間から、再び駿介の声が聞こえてくる。「もし次が女の子だったら、『珠希』はどうかな。真珠の『珠』に希望の『希』で珠希」 「うん。駿介が決めた名前なら、何でもいい」 それから聞こえてきた、駿介と結愛の子ども・神谷崇行(かみや たかゆき)の笑い声と、二人の弾むような声。この世で一番幸せな家族の形が、そこにはあった。 第3話 私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。 消毒液の匂いが鼻を突き、吐き気が込み上げたが、吐こうにも何も出てこない。 「神谷さん……」蘭の声が痛々しげに揺れた。 私は目を開け、彼女に笑いかける。「戻りましょう」 蘭に支えられて病室まで戻ると、入口で二人の看護師が話していた。しかし、私たちには気づいていない。 「422号室の人、すごいよね。男の子を産んだら、お義父さんから20億円のお祝いだってさ。もう桁が違いすぎる。私、一生働いてもそんなに稼げない」 「でも423号室の人が奥さんなんでしょ?大量出血で運ばれてきた時、旦那さんは隣で愛人の出産に付き添ってたって。ひどすぎない?」 「まあ、お金持ちの世界って分からないよね。奥さん、実家は普通の家らしいよ。結婚した時は玉の輿って散々羨ましがられたらしいけど、今じゃ……」 蘭がわざと咳払いをすると、二人の看護師は振り返り、その表情を強張らせた。 「神谷さん、中に入りましょう」蘭は私を支えて病室へ入りながら、二人をきつく睨んだ。 ベッドに腰を下ろすと、蘭が温かいお茶を持ってきてくれた。私の前にしゃがみ、気遣うように顔を覗き込む。「気にしないでください。あの人たち、噂話が好きなだけですから」 私は首を横に振り、お茶を一口飲んだ。 温かいはずなのに、喉を通った瞬間、胃の奥まで冷えていくような感じがした。 20億円。 さっき聞いた言葉が頭の中をぐるぐると回り、耳鳴りだけが大きくなっていく。 昨日、宗一郎が私に振り込んだのは16億円。 それは慰謝料であり、口止め料。私にこれからも黙って、神谷家の飾り物でいろという金だった。 そして、結愛への20億円は、報奨金。 男の子を産んだこと、そして神谷家の跡取りを産んだことへの報奨金なのだ。 20億円と16億円。4億円の差額。 その4億円が、跡取りの「値段」。 つまり、跡取りを産めなかった正妻と、男の子を産んだ愛人の差につけられた値段だった。 コップをベッドサイドの台に置いた途端、なんだか無性に笑えてきた。 宗一郎という人は、本当に計算高い。何にだって値段をつける。 息子の不倫一回はいくら、孫一人はいくら、全部、きっちり計算している。 宗一郎にとって、私もただの商品なのだ。 しかも、とっくに使用期限の切れた商品。 午後、ベッドにもたれながら、私は目を閉じて休んでいた。 突然、ノックもなく扉が開いた。 目を開けると、結愛がそこに立っていた。 病院服を着て、髪を緩やかに流し、まだ顔色は青白いものの、満足げな表情をしている。 腕に水色の産着に包まれた、小さな赤ん坊を抱いている。 「先輩が同じ階にいるって聞いたから、お見舞いに来ました」まるで昔から親しい友人でも見舞うような笑顔で、結愛は病室に入ってきた。 私は何も答えず、彼女を見つめた。 結愛はベッドのそばまで来ると、抱いていた赤ん坊を私に見せつけるように近づけた。「見てください。私の息子です。駿介は私に似てるって言うんですけど、私は駿介似だと思うんですよね」 第4話 崇行は小さな顔をくしゃくしゃにして、気持ちよさそうに眠っていた。 「先輩も、あんまり落ち込まないでくださいね」結愛が同情するように溜息をつく。「まだ若いんだし、きっとまたチャンスはありますよ。でも……」 そこで言葉を切り、私の顔を窺った。「今回の大量出血で子宮がかなり傷ついて、もう妊娠できる可能性はほとんどないって聞いたんですけど……本当ですか?」 私はシーツの下で、拳を強く握り締めた。 「でも、不思議な縁ですよね」結愛は構わず話し続ける。「駿介は一人っ子だし、お義父さんもずっと孫を欲しがってたんです。しかも男の子だったから、もう大喜びで。盛大にお披露目をするって張り切ってるんですよ」 彼女はベッドの脇に腰を下ろすと、雑談でもするように言った。「私って運がいいですよね。一人目から男の子なんて。もう跡取りの心配もしなくていいし」 結愛の顔には、勝ち誇った笑みが浮かんでいた。 「あ、そうでした」 彼女は不意に声を潜め、私に顔を寄せてくる。 「先輩、まさか私のこと恨んでませんよね?私と駿介、本当に愛し合ってるんです。実は、大学の頃から知り合いだったんですけど、あの頃はもう先輩と付き合ってたから、どうしようもなくて……先輩には分かります?本当に好きな人なのに、一緒になれない気持ち」 大学の頃から? 私は思わず顔を上げ、結愛を見つめた。 結愛は何も知らない無邪気な後輩のように微笑んでいたが、その目は得意げに笑っていた。 「先輩、大丈夫ですか?すごく顔色が悪いみたいですが」 結愛は立ち上がった。「じゃあ、私は赤ちゃんに授乳しないといけないので、そろそろ戻りますね。先輩はゆっくり休んでください」 そう言って結愛が背を向けた時、病室の扉が開いた。 フルーツギフトを持った駿介が、入口に立っていた。 結愛を見るなり、眉をひそめる。「なんでここにいるんだ?」 その瞬間、結愛の表情が一変した。さっきまでの得意げな顔は消え、今にも泣き出しそうに目を潤ませる。「駿介……私、ただ先輩のお見舞いに来ただけなの。でも先輩が……先輩が……」 彼女は俯き、声を震わせた。「私のこと泥棒猫だって……駿介を奪ったって……それに、この子のことまで父親のいない子……」 私は結愛を見つめた。この女、女優にでもなればよかったのでは?これだけ見事に演じられるなら、さぞ向いていただろう。 駿介の表情が険しくなった。そして私を見るなり、苛立ちを露わにする。「澄香、何やってるんだよ。結愛は心配して見舞いに来てくれたんだぞ。それなのに、よくそんなこと言えるな」 私は何も答えなかった。 結愛が駿介の袖をそっと引く。「駿介、もういいよ。先輩もつらいんだと思うし、私も気にしてないから。先に戻るね。だから喧嘩しないで」 駿介は結愛を見ると、途端に声を和らげた。「出産したばかりなんだから、あまり出歩くな。早く戻った方がいい」 赤ん坊を抱いて病室を出ていった結愛は、扉が閉まる直前、私を振り返る。その目元には、隠しきれない笑みが滲んでいた。 病室には、私と駿介だけが残された。 第5話 駿介はフルーツギフトをテーブルに置くと、その場に立ったまま、しばらく黙っていた。 その顔を見ているうちに、昨日のことが脳裏に蘇る。 昨日の午後、シャワーを浴びている最中、濡れた床で足を滑らせ、私はそのまま激しく床に倒れ込んでしまった。 腰を浴槽の縁に打ちつけた瞬間、目の前が真っ暗になるほどの痛みが走った。 必死に携帯へ手を伸ばしたものの、指が震えてうまく動かない。3度目の呼び出しでようやく駿介に繋がった。 長い呼び出し音のあと、やっと電話に出た駿介。 「駿介……転んじゃって……お腹が、すごく痛い……」震える声で私は精一杯伝えた。 電話の向こうが一瞬沈黙した後、それから結愛の声が聞こえてきた。 小さな声だったが、はっきり聞き取れた。「駿介、私さくらんぼ食べたいな。買ってきてくれない?」 そして駿介は言った。「自分で救急車呼べ。結愛が果物食べたいって言ってるから、俺は今は無理」 電話はそこで切れた。 私は浴室の床に倒れたまま、天井の照明を見つめていた。やけに眩しくて、目の奥が痛かった。 結局、使用人が私を見つけ、救急車を呼んでくれた。 救急車に運び込まれる頃には、下半身が血まみれになっていた。 病院に到着し、ストレッチャーで廊下を運ばれている時、意識は朦朧としていたが、それでも廊下に立つ二人の姿だけは見えた。 果物の入った袋を提げた駿介と、その隣で、当然のように駿介の腕に絡みついていた結愛。 ストレッチャーが二人の前を通り過ぎる時、駿介と目が合った。彼が眉をひそめ、何か言いかけるように唇を動かす。 すると、結愛がいきなり腹を押さえてうずくまり、こう叫んだ。「駿介……お腹が痛い。もしかして、赤ちゃん生まれるのかな……」 駿介はすぐさま結愛へ目を向けた。片腕で結愛の肩を抱き、果物の袋を持ち替えると、その身体を支えながら産婦人科へ向かっていく。 私を乗せたストレッチャーは、そのまま先へ進んだ。天井の照明が一つ、また一つと後ろへ流れていく。 私は目を閉じた。涙が目尻からこぼれ、こめかみを伝って髪の中へ消えていった。 そして今、その駿介が何か言いたげに口を閉ざしたまま、目の前に立っている。 「何?」私は静かに尋ねた。 駿介はしばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開く。「澄香……昨日のことだけど……流産したなんて知らなかったんだ」

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