プロモーションを読み込み中...
告白してきた彼は人違いだった
3軒も店舗を回って何度も注文をやり直し、ようやく引き当てたノベルティの限定コラボの缶バッジ。 全5キャラのうち、残るはこれひとつ。これでようやくコンプリートできるはずだった。 なのに、封を開けた瞬間、私の彼氏である多比良直人(たひら なおと)は、有無を言わせずそれをひったくり、隣の夏井花連(かくだ かれん)にあっさりと手渡した。それだけでなく、彼は彼女の手を取ると、ブレスレットを1本、その手首にはめてやった。 「誕生日、おめでとう」 その光景に、私、藍沢未羽(あいざわ みう)は、胸の奥がきゅっと締めつけられた。彼の手首にもお揃いのブレスレットが光っていたからだ。 私が贈った方は、とっくにどこかへ行ってしまったらしい。 花連は笑いながら彼の胸に飛び込み、「やだ、うちの親友の彼氏、出来すぎでしょ」とはしゃぐ。 直人は私の頭をこつんと叩いた。 「親友の誕生日も忘れるなんて、お前らしいよ。これは、お前からのプレゼントってことにしとけ。お前、ほんと抜けてるよな。次は忘れるなよ」 あまりに自然で、悪びれる様子もない口ぶりだった。彼は完全に忘れているのだ。私の誕生日が、親友の誕生日の前日だということを。 あんなに欲しかった限定コラボの缶バッジが、テーブルの上に無造作に転がっているのを見つめる。鞄にしのばせていた花連への誕生日プレゼントも、もう取り出す気にはなれなかった。
チャプター (1)
第1章
3軒も店舗を回って何度も注文をやり直し、ようやく引き当てたノベルティの限定コラボの缶バッジ。
全5キャラのうち、残るはこれひとつ。これでようやくコンプリートできるはずだった。
なのに、封を開けた瞬間、私の彼氏である多比良直人(たひら なおと)は、有無を言わせずそれをひったくり、隣の夏井花連(かくだ かれん)にあっさりと手渡した。それだけでなく、彼は彼女の手を取ると、ブレスレットを1本、その手首にはめてやった。
「誕生日、おめでとう」
その光景に、私、藍沢未羽(あいざわ みう)は、胸の奥がきゅっと締めつけられた。彼の手首にもお揃いのブレスレットが光っていたからだ。
私が贈った方は、とっくにどこかへ行ってしまったらしい。
花連は笑いながら彼の胸に飛び込み、「やだ、うちの親友の彼氏、出来すぎでしょ」とはしゃぐ。
直人は私の頭をこつんと叩いた。
「親友の誕生日も忘れるなんて、お前らしいよ。これは、お前からのプレゼントってことにしとけ。お前、ほんと抜けてるよな。次は忘れるなよ」
あまりに自然で、悪びれる様子もない口ぶりだった。彼は完全に忘れているのだ。私の誕生日が、親友の誕生日の前日だということを。
あんなに欲しかった限定コラボの缶バッジが、テーブルの上に無造作に転がっているのを見つめる。鞄にしのばせていた花連への誕生日プレゼントも、もう取り出す気にはなれなかった。
第1話
店員がテーブルにやってきて、「本日のカップル企画、おふたりでご参加になりますか?」と尋ねた。店員の目は、寄り添って座る直人と花連にしか向いておらず、愛想よく声を弾ませている。
勘違いされても仕方ないだろう。ふたりは肩がふれ合うほど近くに座っていて、私だけが向かいの席にひとり、まるで相席の他人のように座っているのだから。
「前回もおふたり、息ぴったりでしたよね。うちのアロマギフトをお持ち帰りになりましたし。
今日はもっと豪華な景品ですよ!」
手の中のフォークが皿に当たり、コトンと音を立てた。
あのとき彼が「会社の抽選で当たった」と持ち帰ったアロマは、このふたりが一緒にカップルゲームに参加して勝ち取ったものだったのか。
私が誘うたび、彼はいつも忙しいと言っていた。
仕事が立て込んでいる、クライアントの相手をしなくちゃいけないと、週末でさえ30分の食事の時間すら作れないと言っていたくせに。
やっと重い腰を上げてくれたと思ったのに、席に着いてみれば、花連はとっくに隣で待っていたのだ。
ふたりとも、私の様子がおかしいことにはまるで気づいていない。顔を見合わせたあと、花連はもう笑顔で直人の腕に絡みつき、ステージに上がる支度をしていた。
照明が点く直前になって、彼女はふと振り返り、申し訳なさそうに甘えた声を出す。
「あ、未羽もいるんだったね。忘れてた。やっぱり未羽たちが出た方がよくない?」
口では譲るようなことを言いながらも、直人の腕に絡めた手は少しも緩めようとしない。
「いいわねえ、あのふたり。お似合い」
「ほら、早く行きなよ!」
周りのテーブルから囃す声が上がり、グラスの触れ合う音に周囲の笑い声が混じる。店中の視線が、固く絡み合ったふたつの手に集まっていた。
私はグラスを握る指に思わず力が入ったまま、口元をわずかに引きつらせた。
「いいよ、ふたりで楽しんできて」
直人もさすがに私の様子がおかしいことに気づいたらしいが、振り返っただけで、花連とつないだ手を離そうとはしなかった。
「機嫌悪くするなよ。今日、花連の誕生日なんだから」
ステージはフロアより半段ほど高く、上がるには段を1段上らなくてはならない。
花連は細いピンヒールのまま急いだせいで足元を狂わせ、体が大きく前のめりに傾いた。
離れた席からでも小さな悲鳴が聞こえた。
すると、ほとんど反射的に直人が彼女の腰を抱き寄せる。もう片方の手で肘をしっかり支え、自分の方へ引き寄せて「危ないよ」と囁くその口調は、まるで何百回も口にしてきたかのように自然だった。
あたたかな黄色のステージライトがふたりを照らし出す。美男美女で、嫌になるほどお似合いのカップルだった。
司会がマイクを手にゲームの開始を告げると、ふたりはティッシュの端をそれぞれ口にくわえ、鼻先が触れそうなほどの距離で向き合った。
1枚ちぎるたび距離が縮まり、吐息が混ざり合う。客席の囃し声が何度も上がるが、ふたりは顔をそむけることも、吹き出すこともなく、自然に、息ぴったりにこなしていく。
最後の1枚をちぎった瞬間、直人は勢いを止めきれず、わずかに前へ傾いた。その拍子に、唇と唇がぶつかった。
周りの歓声が波のように押し寄せ、私の耳に流れ込んできた。私はその真下に座ったまま、ふたりを盛り上げる観客のひとりに成り下がっていた。
ステージを降りるとき、花連の唇はほんのり赤く色づいており、直人は手を伸ばして、当たり前のように彼女の耳元の髪を直してやる。
「おめでとうございます。こちら、おふたりへのカップルギフトセットです」
店主が笑顔で景品を差し出すと、直人は花連の手を取ったままそれを受け取り、最後まで「彼女じゃない」とは訂正しなかった。
第2話
ふたりはステージを降りるなり、さっきのゲームの話で盛り上がりだした。
誰も私を見ないし、私がどんな気持ちでいるかなんて誰も考えていない。
「昨日が何の日か、ふたりともわかる?」
私が問いかけると、ふたりは一瞬固まって顔を見合わせ、まったく同じ表情で首をかしげた。
花連は首を傾けてしばらく考え込んだが、結局わからないまま「何の日だっけ?」と呟く。
直人も眉をひそめて私を見たが何も言わず、その目に浮かんだ戸惑いがすべてを物語っていた。
私はうつむき、唇の端をわずかに持ち上げる。
可笑しいわけじゃない。ただ、自分が少し哀れに思えただけだ。
花連は昔、田舎の祖父母に預けられて育った子だった。祖母は男の子ばかり可愛がり、彼女にはよく手を上げていたらしい。
だから私は彼女を家に呼び、一緒に暮らすようになった。周りからは、うちの母には娘がふたりいるみたいだとよく言われたものだ。
私たちの誕生日は1日違いで、毎年この時期になると母がケーキを買ってきてくれた。
ケーキに私の分と花連の分のろうそくを1本ずつ立てて、ふたりで一緒に願い事をしたものだ。
あの頃、私たちは「これからも毎年一緒に祝おう、絶対に置いていかない」と約束していた。でも、私が直人と付き合うようになってから、少しずつすべてが変わっていった。
花連は私の誕生日を忘れるようになり、口にすることさえほとんどなくなった。なのに直人は花連の誕生日だけは正確に覚えていて、私に「そろそろプレゼント用意しないと」と言ってくる。
いつだったか、私は彼に自分の誕生日は花連の前日なのだと伝えたことがある。
あの年だけは私の誕生日を一緒に過ごしてくれたが、それきりだった。
翌年以降、そんな日は二度と来なかったのだ。
私はティッシュを1枚取って口元を拭い、お手洗いに行くと告げた。これ以上そこにいたら、泣いてしまいそうだったから。
まだそう遠くまで行かないうちに、背後から花連の焦った声が聞こえてきた。
「まずい、昨日って未羽の誕生日だったよね。すっかり忘れてた。絶対怒ってるよ」
直人は一瞬黙り込んでから、気のない声で答える。
「あー。あいつは聞き分けがいいから、あとで俺がなだめとくよ」
「でも、あなたは私と誕生日過ごしたのに、未羽とは過ごしてないじゃない」
「そもそも俺が最初に告白しようとしてたのはお前だったんだよ。友達が人違いをしたせいでさ。未羽はお前の親友だから、傷つけたくなくてずっと引き延ばしてただけだ」
「もういいよ。済んだことでしょ。今だって、うまくいってるじゃない」
「邪魔してたのはあいつだろ。あいつがいなければ、とっくに俺たちが付き合ってたはずなんだ。いつになったらお前は、俺があいつにちゃんと別れ話を切り出すのを許してくれるんだよ?」
「でも、未羽が傷つく……私、未羽を傷つけたくないの」
「じゃあお前は?どうしていつもそうやって、自分を犠牲にしてまで優しくするんだ?」
世界がぐるぐる回って、もう何も聞こえなくなった。
あの親密そうで耳障りな会話が、頭の中で何度も何度も繰り返される。
一緒に過ごしてきた3年間はすべて偽物で、私はただ、ふたりの間に無理やり割り込んでいただけの存在だったのだ。
なんて滑稽だ。笑えるほどに。
彼がどこか上の空だったことも、目を逸らす仕草も、全部心の中に別の人がいたからだった。
私は道化そのものだった。ふたりが3年かけて演じてきた芝居の中で、真剣にヒロイン役を務めていただけだった。
母からの電話で、ぼんやりしていた意識が急に現実に引き戻された。
「未羽、昨日連絡返してくれなかったから、どうせまた直人と誕生日過ごしてはしゃいでるんだろうなって思ってたのよ。
そうそう、今日って花連の誕生日でしょ。お母さんの代わりにおめでとうって伝えといてね、どんどん綺麗になってね、って」
私は母の言葉を遮り、「ねえ、お母さん。前に話してた海外留学の話、あれ、受けることにした」と告げた。
電話の向こうが一瞬沈黙した。
「直人と離れたくないからって、そのチャンスを花連に譲るって言ってなかった?」
「彼女のものは彼女に返す。私のものは、私が取り戻すことにしたの」
第3話
あの年、直人の友達から、直人が女子寮の前で私に告白する準備をしていると聞かされた。
その瞬間、体が宙に浮くようだったし、まるで一生分の運を使い果たしたような気分だった。
片想いしていた相手から告白されるなんて夢みたいで、私はほとんど反射的に寮まで駆け戻った。
彼の友達が「主役が来た」と言ったとき、直人の視線が一瞬揺れた。あのときの私はあふれそうな嬉しさで胸がいっぱいで、それをただの照れなのだと、好きな人を前にした緊張なのだと思い込んでいた。
今になってやっとわかる。あれは、待っていた相手とは違う人間が現れたことへの、隠しきれない戸惑いだったのだ。
あの日、私は花連を抱きしめてくるくる回り、はしゃぎながら延々としゃべり続けた。
そのくせ、あの日の彼女がどこか浮かない顔をしており、口数も少なく笑いもしなかったことにはまるで気づかなかった。
本当は、ずっと気づかなかったわけじゃない。
直人はもともと無愛想な性格で、誰に対しても冷めた態度を崩さず、笑顔ひとつ見せることすら滅多にない。
でも、花連が口を開いた途端、彼の口元は無意識にゆるみ、目の奥の冷たさまで溶けていくのだった。
花連はずっと物静かな子だったが、直人の側にいるときだけは可愛らしく甘えたり、子供のように拗ねてみせたりして、いつもの倍以上によく喋った。
一度どうしても気になって、「直人のこと、好きなの?」と冗談めかして聞いたことがある。
あのとき彼女は涙ぐみながら私の手を握り、親友の彼氏を奪うようなことは絶対しないと言い切った。十年以上も続いてきた姉妹みたいな仲だったから、私はその言葉を信じたのだ。
人生で一番大切だったふたり。それが今となっては、どちらも信じられなくなっている。
私は家に帰るとすぐ荷造りを始めた。
もともと、部屋の契約が切れたとき、私が何度もお願いしてようやく彼が「一緒に住んでいい」と言ってくれたのだった。
引っ越したばかりの頃はまるでルームシェアをしている他人同士みたいに気を遣い合い、食事代もきっちり割り勘だった。
それが少しずつ、彼はベランダに干しっぱなしの洗濯物を何も言わずに取り込んでくれるようになり、私が熱を出して寝込んだときは解熱剤と水を持ってきてくれた。
私がどの店のお菓子が好きかまで覚えていて、帰り道にわざわざ買ってきてくれることもあった。
そんな些細な変化を見るたび、私は飴玉をひとつもらった子供みたいに、ひそかにいつまでも喜んでいたのだ。
今日、ようやくわかった。彼が私にくれていた優しさは全部、私が花連の親友だったからにすぎなかったのだと。
「好きな人の大切な人まで大事にしたい」――結局、親友の私にも、そのついでに優しくしてくれていただけなのだ。
荷造りを終えたところで、彼が帰ってきた。
「今日、花連の誕生日だろ。プレゼント用意してないのはまあいいとして、何も言わずに途中で帰るなんて、彼女がどれだけ気まずい思いするかわかってんのか?」
開口一番の責める言葉に私は何も言わず、ただじっと彼を見つめた。
見つめ続けていると彼もだんだん気まずそうな顔になってきたので、それを見届けてからゆっくりと鞄の中から丁寧に包装された箱を取り出した。
花連がずっと欲しがっていた香水だった。
私は彼の目の前で、それをゴミ箱に投げ捨てた。
彼の顔色がようやく変わった。
「未羽、一体どういうつもりだ?」
私の視線は少しずつ下へ移り、最後に彼の手首、そこにあるものにぴたりと止まった。
「そっちこそ、花連とお揃いのブレスレット、どういうつもりなの?」
彼は私の視線をたどって自分の手首に目を落としたが、顔に浮かんだ戸惑いはほんの一瞬だけで、すぐにいつもの苛立たしげな表情に戻った。
「今日1日ずっと機嫌悪かったの、これのことだったのか」
彼は薄く笑いさえして、軽く投げやりな口調で言い放つ。
「はっ。デザインが気に入って着け心地もよさそうだったから買っただけだろ。お揃いのものを別々に買っちゃいけないなんて誰が決めたんだよ。
未羽、いつまでこんな些細なことで突っかかるんだよ」
第4話
私が買ったブレスレットを勝手になくされたのは些細なこと。
花連とお揃いのブレスレットをつけているのも、私の誕生日が忘れ去られたのも、人前で花連と親密にふるまうのも、すべて些細なこと。
彼女を堂々と隣に置くために、私には大人しくふたりの世界から出ていけってこと——それだけがあなたにとって大事なことなの?
私はゆっくりと顔を上げ、下唇を強く噛みしめた。かすかに血の味がするほど耐えて、こみ上げる涙をなんとか堪えた。
「せっかく引き当てたバッジなのに、どうして勝手に彼女にあげるの?それ、私のものでしょ」
「たかがバッジだろ。もう4つ揃ってるんだし、また引けばいいだけの話じゃないか。
だいたい、お前がプレゼント用意してたなんて俺が知るわけないだろ。準備してたならもっと早く出せばよかったじゃないか。
彼女はお前の親友だろ。お前の代わりにプレゼント渡してやって、何か問題あるのか?」
私は声が震えるのを感じながら、ふっと笑った。
「……私の親友だってわかってるなら、どうして彼女とキスしたの?」
ガシャン、と大きな音が響いた。彼が手元のグラスを乱暴に払い落としたのだ。
まるで心の奥に隠していた気持ちを見透かされ、図星を指されたことに逆ギレしたかのように、一気に感情を爆発させた。
グラスは粉々に砕け散り、破片が私のふくらはぎに強く当たり、皮膚がぱっくりと裂けた。
それでも彼は私の方に一瞥もくれず、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。
「たかがゲームだろうが。わざとじゃない、たまたま唇が当たっただけだ!未羽、いい加減にしろよ!」
私はうつむき、じわじわと血がにじみ出ていく傷口を見つめた。堪えきれなくなった涙が、温かい雫となって手の甲に落ちる。
「……彼女の誕生日は誰よりも正確に覚えてるのに、私の誕生日はどうなの?」
私が泣くのを滅多に見ないからだろうか、彼が手を伸ばして抱き寄せようとしたが、私は一歩後ずさってその手をよけた。
行き場を失った手は気まずそうに下ろされ、声も少し柔らかくなって微かな妥協の色が滲む。
「わかったよ。明日、埋め合わせに誕生日祝ってやるから。それでいいだろ?」
私は顔を上げ、まだ涙の跡が頬に残ったままじっと彼を見つめる。
埋め合わせ?どうやって埋め合わせるっていうの?
この3年間はそもそも私のものじゃなかったし、最初から間違っていたのは私の方だった。今、あるべき形に戻すだけ。それでいい。
「直人、別れましょう」
直人は一瞬固まり、数秒黙り込んでからようやく眉をひそめた。
「いい加減にしろよ。埋め合わせするって言っただろ。
花連を見てみろよ。あいつがお前みたいに感情的になったことなんてあるか?」
痛みがじわじわと広がっていく。
彼はまだ延々と私の何が悪いのかを並べ立てており、その一言一言が、この3年間、私の想いがどれほど軽く扱われてきたかを思い知らせてくる。
私はしゃがみ込み、床に置いてあった荷造り済みのスーツケースの取っ手を引き上げた。
彼はそこで初めて私の隣にスーツケースがあることに気づいたようで、驚きに一瞬、目を見開く。
「未羽、お前……本気なのか!?」
私は何も言わず、振り返りもせずにスーツケースを引いて玄関へ向かった。
「勝手にしろ!後悔するなよ!今日ここを出ていったら、二度と戻ってこようなんて思うなよ!」
ドアの隙間から冷たい風が吹き込んで、部屋にこもっていた澱んだ空気を吹き払っていく。私は肩越しに振り返り、逆光の中の彼を見つめた。
「これがずっとあなたの望んでたことでしょ。
これでもう、私の前で芝居を続けなくてよくなったじゃない」