二十年放置された妻、子供隠して離婚届にサイン後、元夫は狂おしく彼女を探す

プロモーションを読み込み中...

二十年放置された妻、子供隠して離婚届にサイン後、元夫は狂おしく彼女を探す

GoodNovel 完結

暁家の令嬢・暁瀬奈(あかつきせな)と神宮司家の御曹司・神宮司湊斗(じんぐうじみなと)は政略結婚だった。 瀬奈は湊斗に熱烈な想いを寄せていたが、彼は結婚後も彼女を顧みることはなく、七人の愛人との間に五人の子供をもうける。 彼との結婚から二十年経ち、三十八歳になった瀬奈は結婚初日に湊斗から渡されていた離婚届にサインし、家を出て行った。 彼女は実は五年前に生まれた湊斗との子供を隠していた。 「これは一体どういうことだ……?」 帰宅した湊斗は机の上に置かれた離婚届を見て、顔を真っ赤にした。 「どんな手を使ってでも瀬奈を捜し出せ!」

チャプター (1)

第1章

暁家の令嬢・暁瀬奈(あかつきせな)と神宮司家の御曹司・神宮司湊斗(じんぐうじみなと)は政略結婚だった。 瀬奈は湊斗に熱烈な想いを寄せていたが、彼は結婚後も彼女を顧みることはなく、七人の愛人との間に五人の子供をもうける。 彼との結婚から二十年経ち、三十八歳になった瀬奈は結婚初日に湊斗から渡されていた離婚届にサインし、家を出て行った。 彼女は実は五年前に生まれた湊斗との子供を隠していた。 「これは一体どういうことだ……?」 帰宅した湊斗は机の上に置かれた離婚届を見て、顔を真っ赤にした。 「どんな手を使ってでも瀬奈を捜し出せ!」 第1話 「彼と結婚してからもう二十年が経つのね……」 暁(あかつき)家の令嬢であり、今は神宮司夫人である瀬奈(せな)は広い部屋でポツリと呟いた。 彼女は今日もある人物を待ち続けている。来るはずがないとわかっていながらも、瀬奈は二十年間ずっと彼の来訪を心待ちにしているのだ。 「一体どこから私は間違えてしまったのかしら……」 ベッドサイドに腰かけた瀬奈は、彼と初めて出会ったときのことを思い浮かべた。 「初めまして、神宮司湊斗です」 「……」 神宮司湊斗(じんぐうじみなと)と名乗った彼に、強く心惹かれたのを瀬奈は今でも覚えている。一目惚れだったのかもしれない。 サラサラの黒い髪、高い鼻梁、切れ長の美しい瞳、幼いながらに整った顔立ち。瀬奈は一瞬にして彼に心を奪われてしまった。 暁グループの令嬢だった瀬奈と、神宮司財閥の御曹司だった湊斗。 二人は許嫁だった。そのことを父親から聞かされたとき、瀬奈はとても喜んだ。彼女にとって初恋の相手であり、愛する湊斗と結婚できるのだと。 しかし、彼のほうはそうではなかった。 湊斗は瀬奈との婚約中、多くの女性と浮名を流した。学校の同級生、年上の社会人、父親が経営する会社の社員にまで。彼は相手の身分関係なく手を出した。 瀬奈は自分には指一本触れないにもかかわらず、他の女性と関係を持ち続ける湊斗に不満がないわけではなかった。しかし、彼に嫌われるのを恐れていた瀬奈は何も言うことができなかった。 「結婚前に遊びたいだけだろう。神宮司家の正妻になれるのだから、それくらいは目を瞑りなさい」 父親は湊斗が遊んでいることを知っていたが、瀬奈に我慢しろと言った。 両親からも味方してもらえなかった瀬奈は、必死で自分に言い聞かせた。 彼女たちはただの遊びであり、自分は神宮家の夫人となる女だ。だから結婚すればきっと自分だけを見てくれる、とそう信じていた。 しかし、現実は残酷だった。 湊斗は結婚してもなお、瀬奈の元には訪れることなく、愛人の元で夜を過ごした。そのことを責めた瀬奈に、彼は言い放った。 「お前を愛することはできない、これからは俺の行動に口を出さないでくれ」 彼の目は初めて出会った頃とは別人のように冷たかった。 それから湊斗は瀬奈に指一本触れることなく、多くの愛人を囲い、彼女たちとの間に五人もの子供をもうけた。そのうちの誰かに会社を継がせるつもりのようだ。 「奥様ったら、今日も一人ぼっちでいるわ」 瀬奈は湊斗の帰ってこない邸宅に一人取り残された。彼は今日もきっと愛人たちの住む家へ帰っているのだろう。 しかし、湊斗を愛している彼女は毎日のように彼を待ち続けた。自分の元へ来るわけがないとわかっていながらも。 そんなことを続けているうちに、二十年という歳月が経過していた。瀬奈と湊斗はお互いに三十八歳となった。 彼女は既に子を望めるような年齢ではなくなり、湊斗のほうも新しく愛人となった若く美しい女に夢中になっていると聞いている。 瀬奈の中で、何かが音を立てて崩れ落ちて行くようだった。 二十年という年月はあまりにも長すぎた。彼女の心は既に限界を迎えていた。 翌朝、心配そうに彼女に声をかけたのは湊斗の秘書だった。 「奥様……」 普段別邸で暮らしている湊斗の私物を取りに来る彼は、たびたび瀬奈とも顔を合わせていた。神宮司家で彼女を気にかけてくれていた数少ない人だ。 「今日も湊斗は愛人のところにいるんでしょう?」 「そ、それは……」 彼の秘書・中田一馬(なかたかずま)が言いづらそうに視線を逸らした。 知ったところで今さら驚きもしない。湊斗が瀬奈の元を訪れることなど、この二十年間数えるほどしかなかったのだから。 それでも彼女は彼のことを信じて待っていたが。 「いいのよ、わかっているから」 「……」 彼はうつむいた。瀬奈が辛い思いをしていることを知っておきながら、何もしてあげられないことに罪の意識を抱いていた。 しかし、今日の瀬奈の表情はいつもと違うと、彼は思った。これまでは湊斗に対する希望を見せていたにもかかわらず、今はどこか諦念に似たものを彼は感じた。 「中田さん、私最後に行きたい場所があるの。よかったら付き添ってくれない?」 「は、はい!奥様!」 ”最後”という言葉に疑問を感じながらも、中田は彼女について行った。 第2話 瀬奈が一馬を連れてやってきたのは、神宮司家の近くにある記念公園だった。 暖かい春の風が吹き抜け、瀬奈は何だか懐かしい気持ちになった。 「幼い頃、ここで湊斗とたくさん遊んだわね……」 湊斗は最初から瀬奈を嫌っていたわけではなかった。 二人は同い年で、同じ小学校に通っていた。中学に入る前までは、お互いの家を行き来してよく遊んでいた。 いつからだろう、二人の関係が変化したのは。 中学に上がり、別々の中学校へ通うこととなった二人は、これまでよりも会う頻度がかなり減った。それでも瀬奈の湊斗への想いが変わることはなかった。 彼女は毎日のように湊斗を想い続け、神宮司家に定期的に手紙を送った。しかし彼からの返事は返ってこなかった。会いたいと言っても忙しいとはぐらかされるばかり。 神宮司家を直接訪れても門前払いされた。 そんな状況が数年続き、高校一年生になった頃、瀬奈はようやく湊斗に会うことができた。 その日、いつものように神宮司家を訪れていた彼女は、たまたま門の前に立っていた彼を見つけたのだ。 およそ三年ぶりに見る彼の姿。最後に見たときよりもだいぶ大人っぽくなっていた彼に、瀬奈は涙がこみ上げてきた。そして再び燃え上がる彼への思い。 瀬奈は湊斗に駆け寄った。 「湊斗!久しぶりね!会いたかったわ!」 「……」 久々に会った彼は、以前とは別人のように瀬奈に冷たい目を向けた。 「どうしてこれまで会ってくれなかったの?私たちは婚約者なのに!私、あなたに会えなくてとっても寂し――」 「俺に触るな」 湊斗は伸ばされた瀬奈の手を無慈悲に振り払った。 「湊斗……?」 瀬奈はどうして彼がそのような態度を取るのかがわからなかった。 困惑していたそのとき、瀬奈の背後から女の明るい声が聞こえた。 「――湊斗!お待たせ!」 振り返ると、瀬奈と同い年くらいの女性が立っていた。 「……優里亜」 優里亜と呼ばれた彼女は、突然湊斗の腕にしがみついた。 瀬奈は固まった。婚約者である彼女ですら、そのような行動はとったことがない。 湊斗は瀬奈と違って彼女の手を振り払わなかった。二人の関係は、ただの友人同士というにはあまりにも距離が近すぎた。 だとしたら恋人だとでもいうのか。瀬奈は信じたくなかった。湊斗は彼女の婚約者だったからだ。 何もできずにただじっとしていると、湊斗の腕にしがみついていた彼女の視線がこちらに向けられた。 「あなたは誰?湊斗の知り合い?」 「こんな女は知らない」 「そう、早く行きましょう。今日は映画のあとホテルに行く約束でしょう?」 そんなやりとりをしながら、二人は呆然とする瀬奈から背を向けて立ち去って行った。 彼女は何が起きたか理解が追いつかなかった。腕を組みながら歩いているその姿は、とても仲の良い恋人同士のように見えた。 *** それからというもの、湊斗はプレイボーイとして多くの女性と浮名を流した。 高校生でありながら、彼は相手の年齢身分問わず様々な女性と関係を持った。高校の同級生、部活の後輩、年上の社会人の女性。まだ十七歳とはいえ、類稀なる彼の美貌は、この世のすべての女性を虜にした。 高校生になった湊斗は、いつも横に女を連れて歩いていた。その状況で瀬奈と目が合っても、気にすることなく別の女性との逢瀬を楽しむのだ。いつしか彼は、誰とでも寝る男として知られることとなった。 そんな彼が唯一手を出さなかったのが、許嫁であった瀬奈だった。 彼女は学生時代、そのことに悩んだ。自分には女性としての魅力がないのだろうかと、これまで以上に外見に気を配ったりもした。 そんな瀬奈を憐れに思った周囲の人々は、彼女を励ました。 「神宮司様はお嬢様のことを大切に想っていらっしゃるんですよ。今遊んでいらっしゃる女たちは遊びにすぎません。――瀬奈お嬢様だけが、神宮司様の妻となれるのです」 「……!」 湊斗がいくら遊んでいようと、彼の妻となれるのは自分だけ。その言葉が瀬奈の励みとなった。 「そうよね……いつまでも落ち込んでいるわけにはいかないわ……湊斗の妻に相応しい女性にならないと!」 瀬奈の中で婚約破棄という選択肢は最初からなかった。彼が自分のことを嫌う理由はわからなかったが、努力していればきっといつかは気持ちを返してくれる。 そして、瀬奈は湊斗と結婚した。 第3話 二人が結婚したのは、まだお互いに大学進学したばかりである十八の頃だった。当初は大学を卒業してから籍を入れる予定だった。 しかし、女遊びの激しい湊斗を心配した彼の両親が結婚を早めたのだ。瀬奈と結婚することによって、湊斗の女癖の悪さも直るだろうと両親は考えたようだった。 瀬奈も早く彼と一緒になりたいという思いがあったため、受け入れた。 彼女は湊斗の実家である神宮司家の本邸に住まいを移し、彼との同棲生活を始めた。 しかし、結婚してもなお湊斗は瀬奈に冷たいままだった。平然と夜まで遊び歩き、家に帰らないことも多かった。 「アイツにも困ったものだな……瀬奈ちゃん、ウチの息子が悪いね」 「ホンット、誰に似たのかしら……」 「私は平気ですから、気にしないでください」 湊斗の両親は、瀬奈を温かく神宮司家へ迎え入れた。 実の両親からの愛を得られなかった瀬奈にとって、神宮司夫妻は本当の父と母のようだった。特に神宮司夫人は、瀬奈の境遇に胸を痛めているようだった。 「私たちが結婚を早めたせいね……瀬奈ちゃん、他に好きな人ができたらいつでも湊斗と離婚していいからね」 「お義母さん……」 瀬奈にとって、義理の両親は唯一の心の拠り所だった。愛する夫は家に帰らず、外でほかの女と遊んでいる。そんな辛い状況の中で、彼らだけが瀬奈の味方だった。 しかし、不幸は立て続けに彼女を襲った。 結婚してから四年、ちょうど大学卒業を控えた頃に、神宮司夫妻は事故でこの世を去ってしまう。 夫妻が亡くなってからというもの、湊斗は塞ぎ込むようになった。 「湊斗……!」 黒い喪服で瀬奈の前に現れた湊斗は、彼女の首を強い力で掴んだ。 「お前のせいで……お前のせいで父さんと母さんは……!」 「湊斗……やめて……おねがい……」 神宮司夫妻が亡くなった原因は、旅客機での事故だった。長期休みに、二人は夫婦水入らずで海外旅行に行っていたのだ。 そしてその旅行券をプレゼントしたのは瀬奈だった。つまり、瀬奈が贈り物をしなければ夫妻が死ぬことはなかったのだ。 そのことを知った湊斗は瀬奈を憎み、彼女の首を絞めた。 「お前さえいなければ、父さんと母さんがこんなに早く死ぬことはなかった。全てお前のせいだ。お前が来てからすべてが壊れたんだ……!」 「み、湊斗……」 湊斗が首を掴んだまま彼女を持ち上げた。瀬奈が息苦しさにジタバタと手足を暴れさせたそのとき―― 「――湊斗、やめなさい」 「………………沙織」 突然湊斗の手が離れ、瀬奈はドサリと床に倒れこんだ。 「ハァ……ハァ……」 息を整えながら顔を上げると、扉の傍に美しい女性が立っていた。沙織と呼ばれた彼女は湊斗にゆっくりと歩み寄ると、彼の肩にそっと手を置いた。 「ご両親が亡くなったのは奥さんのせいじゃないわ。あれは不幸な事故だったのよ。本当はあなたもわかっているはずでしょう?」 「だが、あの女が……!」 「湊斗、あなたの辛い気持ちは私が理解しているわ」 「沙織……」 彼女は包み込むように湊斗を抱きしめると、彼は彼女の背中に手を回して泣き始めた。 「私だけがあなたを理解してあげられるのよ、湊斗」 「……」 そのとき、ほんの一瞬沙織が勝ち誇ったような笑みを瀬奈に向けた。 「……!」 沙織が湊斗の最も寵愛している愛人だということを、香織が知ったのはそのあとだった。 義理の両親が亡くなると、湊斗の女遊びに拍車がかかった。一人、また一人と別邸に女を囲っては彼女たちの元へ足しげく通った。 その間も瀬奈にだけは指一本触れることはなかった。 愛人の数はだんだん増えていき、最終的に彼は七人もの女を囲うこととなった。関係を持っただけの女ならもっとたくさんいるだろうが、その中でも特に彼のお気に入りとなった七人の女が愛人として彼のハーレムに加わることになった。 そして、両親が亡くなってから一年経った頃、彼の愛人の一人が懐妊した。生まれたのは元気な男の子だった。 それからというもの、愛人たちは次々と妊娠し、彼の子供を産んだ。今では湊斗は五人の子供の父親となっている。当然、その中に瀬奈の子供はいない。 誰とでも寝ると言われた湊斗は、妻である瀬奈とだけは絶対に夜の営みをしなかったからだ。 それでも瀬奈は彼を愛していた。毎晩彼の帰宅を待ち続けた。 ――そうしているうちに、二十年が経過した。 第4話 湊斗との思い出を振り返っていた瀬奈は、ある大きな木の前で足を止めた。 「……昔と何も変わっていないわね」 瀬奈は子供の頃、湊斗とよくこの木に登って遊んでいた。昔から運動神経が良かった湊斗に、瀬奈はまるで追いつくことができなかった。 そのとき、彼はいつも瀬奈が来るまで待ってくれていて―― そんな優しい湊斗はもうどこにもいなかった。 この木は何も変わっていないのに、どうして私たちはこんなにも変わってしまったのだろう。瀬奈はそう思いながら、木を見上げた。 夏には見事なまでに花を咲かせているが、冬である今は枯れ果て、葉一つ見当たらない。 それがまるで、今の瀬奈の心を表しているようだった。最初から、花を咲かせたことなんて一度もなかったが。 「奥様……」 背後に控えていた一馬が心配そうに声をかけた。 「ここはね、私と湊斗がよく遊んでいた場所なの」 「ええ、存じております……私は昔から社長についておりましたから」 一馬は湊斗の七つ年上で、彼の幼馴染でもあった。湊斗にとっては最も信頼のおける相手で、兄のような存在だった。当然、瀬奈も昔から彼のことを知っていた。 「付き合わせて悪かったわね。もう帰りましょう」 瀬奈は一馬と共に来た道を戻った。二人でたくさん遊んだこの公園を歩いていると、走馬灯のように彼との思い出が頭に流れた。 転んで膝を擦りむいたときに手を差し伸べてくれた彼、足の遅い瀬奈を気遣って少し先で待ってくれていた彼、父親に叱られて泣いたときに優しく慰めてくれた彼の姿が鮮明に浮かんだ。 しかし、今ではどれも何の意味もないものだった。 彼は変わってしまった。理由はわからないが、瀬奈を酷く嫌うようになったのだ。あまりにも突然のことだった。 「長かったなぁ……」 今年で結婚生活も二十年を迎えようとしている。長いようで短い二十年だった。瀬奈も湊斗ももう三十八歳だ。 そんな彼は歳をとってもなお美貌は健在で、今でも多くの女性を惑わせていた。神宮司財閥のトップという地位もあり、湊斗の元には未だに美しい女性たちが寄ってくる。 本邸から夫の女性関係の噂を聞くのは何よりも辛いことだった。 瀬奈は家までの道のりを一馬と共に歩いている最中、前から見知った顔が歩いてきたことに気が付いた。 「誰かと思ったら、湊斗の奥さんではありませんか」 「……沙織さん」 両親が亡くなったときからずっと湊斗の傍を守り続けた、彼の最愛の嶋田沙織(しまださおり)だった。 「久しぶりですね、奥様」 「……ええ、そうですね」 沙織は朗らかな笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。神宮司財閥では、お飾りの瀬奈ではなくもはや彼女が湊斗の妻として幅を利かせているようだ。 そして沙織と湊斗との間には二人の子供がいた。湊斗は最も愛する沙織との子を後継者として育てているようだ。 「どちらへ行かれていたんですか?」 「散歩をしていました」 「そうだったんですね。奥様は子供もいないので普段何をしているのかずっと気になっていたんです」 「……」 瀬奈は何も言うことができなかった。いくら彼の正式な妻であるとはいえ、子供がいない時点で私の勝ちだと言われているようだった。 しかし、ここで沙織と争ったところで意味がない。湊斗の気持ちが沙織にある時点で、瀬奈の負けは確定しているようなものだったから。 「奥様は自分の立場を理解しているようですね、湊斗の妻が出来た方で私も助かりました」 瀬奈は湊斗の女性関係にこれまで口を出したことがなかった。彼の妻である以上、苦言を呈してもいいはずなのに。彼女はあえてそれをしなかった。 初日に言われた約束を破って彼に嫌われることを恐れていたからだろう。彼女はいつだって湊斗をどうにかして振り向かせようとしていた。しかし、今はそうする必要もなかった。 彼女は湊斗の最愛を前に、ゆっくりと口を開いた。 「――私、湊斗とは離婚するつもりなんです」 「お、奥様……!?」 驚いた一馬が声を上げ、沙織は目を見開いた。 「沙織さんにすべてお譲りしようと思っているんです……」 「……驚きました、奥様が湊斗から離れる決意をするだなんて」 沙織の表情は変わらなかった。 「私も人間ですから。手に入らないものをいつまでも欲しているわけにはいきません」 「……よく決断しましたね」 そう言うと、彼女は瀬奈に一歩近づいた。 「――二十年間、ご苦労様でした」 「……」 その言葉に瀬奈は何だか泣きそうになった。やっと解放されるのだという嬉しさか、それとも最後まで彼に相手にしてもらえなかった惨めさからくるものなのかわからない。 「……どうか、湊斗をよろしくお願いしますね。沙織さん」 「……」 瀬奈はそれだけ言うと、急いで邸宅の中へ入って行った。 そして部屋に入って扉を閉めると、彼女は嗚咽を上げて泣いた。 第5話 瀬奈はその日一日中泣き続けた。部屋からは彼女の嗚咽が漏れており、邸の者は誰一人として近づけなかった。 彼にとっては幸せだったかもしれないが、彼女にとっては辛く苦しい二十年だった。毎日のように愛人の元へ向かう夫の帰りを待ち続け、眠れない夜を過ごした。 きっといつかは帰ってきてくれる、そしたらまた昔のように仲の良い二人に戻れるのではないか。そんな僅かな希望を胸に抱きながら。 そんな彼はとうとう最後まで瀬奈を顧みることはなかった。彼女の気持ちは無残にも粉々に打ち砕かれた。 彼から深く愛された沙織と会うと、より一層自分の惨めさがひしひしと感じられた。沙織は自分と違って湊斗と温かい家庭を築いている。今この瞬間も、彼は沙織と一緒にいるのだ。 考えれば考えるほど涙が溢れて止まらなかった。 ベッドシーツを濡らしながら泣き続けた瀬奈を猛烈な眠気が襲い、彼女はそっと目を閉じた。 *** 翌日。 瀬奈は朝の八時頃に目を覚ました。目覚めた途端に、一筋の涙が彼女の頬を伝った。 瀬奈は涙を拭い、一人呟いた。 「……もう、泣くのはやめよう」 それを最後に、彼女は涙をこらえた。 ベッドから起き上がった瀬奈は、着替えを始めた。 カーテンを開けると、窓から陽の光が差し込んだ。外では小鳥の鳴く声が聞こえる。ずいぶんと気持ちのいい朝だった。 そのせいか、彼女の気持ちも落ち着きを取り戻した。 いつまでもくよくよしていられない。瀬奈は前に進まなければならなかった。 彼女は部屋の引き出しの奥深くに大事に保管してあったあるものを取り出した。 それは離婚届だった。紙にはすでに湊斗の名前が書かれている。決して瀬奈が偽造したわけではない。本物の神宮司湊斗のサインだ。 彼のサインが書かれた離婚届を手に、瀬奈は昔を思い出していた。 『これを持っておけ』 『湊斗……?これは一体……?』 湊斗が久々に本邸へ帰ってきたかと思えば、突然呼び出された瀬奈は一枚の紙を手渡された。 それがまさに、彼の名が書かれた離婚届だった。 『どういうこと……?湊斗、説明してよ』 『……離婚届だ、見ればわかるだろう。俺の名はすでに書いてある』 『私に名前を書けというの……?』 彼は何も言わなかったが、それがまさに肯定を意味していた。両親の死後、彼は以前にも増して瀬奈を嫌い、彼女との離婚を望むようになった。 『私、あなたと離婚はしないわ!大体不倫したのは湊斗のほうでしょう!あなたから離婚なんてできるわけがないわ!』 『……お前はどこまで俺を不幸にすれば気が済むんだ』 彼の言葉に、瀬奈は胸が締め付けられるようだった。湊斗が未だに両親のことを根に持っているのは彼女も知っていた。 『待って、湊斗!きちんと話し合いましょう!』 湊斗は瀬奈が呼び止めるのも無視し、離婚届を置いたまま部屋を出て行った。 それからは何かと離婚を催促する彼と、離婚するつもりはない瀬奈の長い戦いが始まった。彼女は離婚だけはしてやるものかと強く心を保った。 瀬奈が湊斗と離婚したところで、彼は愛する沙織と再婚するだけだろう。瀬奈は寵愛は奪われても、幼い頃から守り抜いてきたその座だけは他の誰にも渡したくなかったのだ。 「……これにサインする日が来るなんてね」 瀬奈は思わず笑みを漏らした。結局は自分が折れることになってしまうとは、思ってもみなかった。 彼女は机の上に置いてあったペンを手に取り、迷うことなく神宮司瀬奈と書いた。彼女が神宮司を名乗るのはこれが最後となるだろう。 二十年の結婚生活の終わりにしては呆気なかった。この一枚の紙きれで、二人は他人となる。 ペンを置いた彼女は、先に書かれていた”神宮司湊斗”のサインに向かって呟いた。 「……さようなら、湊斗」 ――今日、私はあなたの元から消えます。 第6話 瀬奈は部屋にあった荷物をまとめた。とはいえ、彼女の部屋には持っていけるようなものは何一つなかった。 湊斗は瀬奈に必要最低限の生活を保障してはいたものの、彼女に余分なものは買い与えなかった。沙織やほかの愛人たちはハイブランドのバッグやアクセサリーをもらっていたようだが、当然瀬奈には贈り物など一度もしたことがなかった。 「……」 ドレッサーの引き出しを開けると、いくつかアクセサリーが入っていた。当然、これらはすべて瀬奈が自分のお金で購入したものだ。瀬奈は神宮司家の夫人とはいえ、お飾りの妻。当然神宮司家の財産を自由に使えるわけがない。 瀬奈はお金になるかもしれないから持っていこうと、アクセサリー類をカバンに詰めた。その中で、あるものに目を留めた。 「あら?これは……」 瀬奈の手に握られていたのは、子供用のリボンの髪飾りだった。三十代後半の彼女は到底着けられないし、中高生が身に着けるにしても幼すぎる。 では、一体何故そんなものがここにあるのか。瀬奈はすぐに気が付いた。 そのリボンは、かつて湊斗が瀬奈に贈ったものだった。 彼女が小学生の頃、まだ湊斗と仲が良かったときだ。彼は彼女の誕生日に、ピンク色のリボンをプレゼントしたのだ。 瀬奈は愛する湊斗からのプレゼントに大喜びし、毎日のようにリボンを髪につけた。忘れていた幼い頃の記憶だった。 「彼から貰ったもの……あったわ……」 それが最初で最後の贈り物となってしまったが、本当に本当に大切なものだった。当然、湊斗はそんなこと覚えてもいないだろうが。 「すごく大切なものだったけれど……今はもう必要ないわね」 瀬奈はリボンをカバンに入れずに、ドレッサーの引き出しに閉まった。どうせ湊斗とは離婚するのだから、彼の痕跡が残っているものは持っていかないほうがいい。 彼女は机の上にサイン済みの離婚届を置いた。見える位置に置いておけば湊斗も自分がいなくなった理由をすぐに理解するだろう。もっとも、突然失踪したところで何とも思わないかもしれないが。 瀬奈はカバンを手に持つと、殺風景な部屋を見渡した。 彼女が二十年過ごした場所。今は亡き義理の両親が彼女に与えてくれた、大きな部屋。辛い記憶ばかりだったが、それも今日で終わりだ。 彼女は最後に部屋を軽く掃除すると、カバンを持ったまま出て行った。邸宅の廊下を歩き、門の外に出ると、瀬奈は長年過ごした邸宅を振り返った。 「二十年間ありがとう」 辛い記憶ばかりだったけれど、たしかに楽しい思い出も存在した。邸宅から背を向けた彼女は、二度と振り返ることはなかった。 神宮司家を出た彼女が最初に向かったのは、墓地だった。近くの花屋で購入した花を、そっとある人物の墓に添えた。 「お義父さん、お義母さん……」 湊斗の両親――神宮司夫妻の墓だ。二人は十六年前の旅客機事故で同時に命を落としてしまった。 夫妻の訃報を聞いた瀬奈は、人目も憚らずに声を上げて泣いた。何故あんなに優しい人たちがこんなにも早く亡くならなければならなかったのか。 事故のあと、瀬奈は自分を責め続けた。 「すみません、私はもう……お義父さんとお義母さんの娘ではいられなくなったようです」 彼女がここに来た理由はただ一つ。大好きだった義理の両親に真っ先に彼との離婚を報告したかったからだ。 生前、湊斗に顧みられなかった瀬奈をいつも気にかけてくれた二人。何も言えない瀬奈に代わって、いつも湊斗に苦言を呈していた。 「湊斗のこと、優しく見守っていてあげてください」 それだけ言うと、彼女は義理の両親の墓から背を向けた。 そして彼女は近くにとまっていたバスに乗り込んで駅に向かった。電車で一時間ほど揺られ、到着した駅で瀬奈は下りた。 瀬奈が元々湊斗と住んでいた黒川区に比べるとかなり田舎な場所だった。瀬奈が駅で立ち尽くしていると、小さな子供が嬉しそうに彼女の元へ駆け寄ってきた。 「お母さん!」 五歳ほどに見える可愛らしいその少女は、瀬奈に抱き着いた。彼女はそんな少女を、優しく抱き上げた。 少女の顔は湊斗にそっくりだった。 「――良い子にして待ってた?里亜」

More GoodNovel Novels